両開きのドアを開けると、モニターの脇に立っていた秘書の高田氏が振り向いた。


「あなた方が先でしたか。ご苦労でした。依頼人がお待ちかねです」


もはやその笑顔に穏和さは感じ取れなかった。いっそ仮面をつけているとすら思える。ああ、と返す服部くんのあとに続き部屋の奥へと歩き進めながら彼を見据える。
どうやら毛利さんも連絡していたらしい。今朝ここを発つ前、事件を解決したら渡された携帯で高田氏へ電話をかけたあと、ここに戻り真相を話すよう言われていたのを思い出す。僕たちはレッドキャッスルホテルに着いてからかけたのだが、毛利さんは今どの辺りにいるのだろうか。少し気にはなったものの、待つ必要はないだろう。すぐにでも本題に入りたかった。


「依頼人と繋げてくれへんか?」
「ええ、もちろんです」


懐からリモコンを取り出し、スイッチを入れる。巨大モニターに今朝と変わらないアングルで依頼人の姿が映し出された。暗室にいる彼の後ろではいくつものモニター画面が青白く発光しており、その逆光のせいで顔は見えないでいた。


「お疲れのところ申し訳ないが時間がない。早速報告を」
「その前に、あんたもええ加減顔見せたらどうや。ファーイースト・オフィス社長、伊東末彦はん」


服部くんの核心を突く言葉に、依頼人は動揺することなく、むしろ喜びに満ちた様子で息をついた。画面越しに彼をじっと観察し、それから高田氏にも目を向ける。こちらも特に動揺は見られない。彼も自分の雇い主が伊東末彦であることを了解しているようだ。伊東氏が犯した罪についても知っているのだろうか。もっとも、こんなことに加担している時点で彼も罪科は免れない。


「近くにおんねやろ?直接話したるわ」


ここに来るまでのエレベーターでも彼は依頼人を引きずり出してやると意気込んでいたが、それができる根拠はあるのだろうか。依頼人、もとい伊東末彦氏が今どこにいるのかまでは突き止められていないはずだ。「ああ…それもいいかもしれない」しかし僕の心配もよそに、恍惚といってもおかしくないほどの感嘆の声で答えた依頼人。服部くんは不敵に笑った。


「だが済まない、君たちの方から来てもらって構わないだろうか」


言うなり、部屋の左隅に置かれている背の高い本棚が、音を立てながら奥へと九十度向きを変えたではないか。本棚で隠れていた壁は空洞になっており、奥へと通路ができていた。思わぬ仕掛けに僕と服部くんは目を丸くする。隠し通路、……つまり。


「あの奥に依頼人がいるんですね?」


高田氏に問いかけるも、彼はやはり能面のように笑顔を貼り付けたまま「依頼人がお待ちです」とだけ答えた。とにかく行くしかないか。服部くんと目を合わせ、頷く。
「さっきあの秘書に電話したとき後ろで聞こえてたんや。依頼人の後ろから聞こえとったんと同じノイズがな」どうやらそれが根拠だったらしい。なるほどと頷き、本棚がドア代わりとなっていた通路の入り口を覗く。しかし奥は真っ暗になっており先は何も見えなかった。物音一つ聞こえない。距離があるのか、それともすぐ曲がり角になっているのか。どちらにしろ依頼人のいる場所までは少し離れているようだ。


「行きましょう」
「ちょお待て。これ持っとけ」
「は?」


唐突に、銀の盾を渡された。本棚のそばに置いてある甲冑の騎士が携えていたものだ。なぜこれを、と問う前に服部くんは同じく装飾品である先端に槍のついた斧を肩に担いでいた。


「何があるかわからんからな、武器や」
「僕は防具ですか」
「攻撃は最大の防御っちゅーやろ。文句言わんと、さっさと行くで」
「……」


それは理由になってない。そもそもこんなものが必要なのか。ちらりと高田氏を見遣るが、彼はすでに僕らに背を向け、両開きのドアへ歩を進めていた。…ここは彼の言う通りにするか。何とか自分を納得させ、押し付けられたそれを持ち上げる。インテリアだろうに作りはそこそこしっかりしているようで、ずっしりとした重さがあった。服部くんはすでに数メートル先を行っており、鉄の盾よりは随分と軽いだろう斧を担ぎ意気揚々と歩いていた。彼に隠れ小さく溜め息をつく。





思った通り程なくして通路は突き当たり、さらに進んだところでもう一度曲がると、壁にランタンを模した照明が設置される通路に出た。その先を見るとまた暗がりになっている。目を凝らすと、そこが部屋になっていることに気が付く。僕らは歩くスピードを速め、おそらく依頼人が待つであろう、その部屋へと進んだ。

行き止まりの部屋は思ったより広かった。管理室の印象を与えるその部屋は唯一の光源としていくつものモニターが一台のイスを囲うように設置されている。そして、頭まである背もたれに身を委ね、僕らに背を向けて座る一人の男の姿があった。


「ようこそ、白馬探くん、服部平次くん」


さっきまでモニター越しに聞いていた声より若干高い印象だった。しかしこの人物が間違いなく、今回の首謀者、伊東末彦氏なのだろう。後ろ姿の彼を警戒しつつ、盾を壁に預ける。僕の横では服部くんも斧を立て掛け、自分も寄りかかっていた。


「やっと会えたな」
「こんな格好で失礼…身体が不自由なものでね」
「埠頭の事故ですね」
「ああ…身体が元通りにはならないとわかったからここへ入った。裏の資産を知り合いに頼んで投資していたからね。ミラクルランドもその一つさ」


「深山総一郎さんですか?」憶測ではあったものの正解だったようだ。伊東氏は歓喜の声をあげた。「素晴らしい!そこまでわかっていたのか!」その声に密かに眉をひそめる。ファーイースト・オフィスでの通話のときから彼の反応には疑問を抱いていたのだ。彼は僕らに次々と事実を言い当てられることを喜んでいる。彼からしたら自分自身の罪をどんどん暴かれている状況だ、楽しいはずがないだろう。それなのになぜ。彼はなぜ、こんなことを。


「報告してええか?」
「真実を、掴んでくれたかい?」
「…ええ」


「私はもう長くない。だから真実を暴いてくれる探偵が必要だったんだ。頭脳だけではなく、タフな本当の名探偵がね」何かに取り憑かれたように述べる彼は見ていて痛々しいほどだった。そこまでしてあなたは本当に、こんなことがしたかったのか。


「さあ言ってくれ、君たちが掴んだ真実を」


そうだ、彼の依頼はそれだ。そして、僕たち探偵の仕事も、事件を解決し真実を掴むことで、間違いなかった。


「…四月八日、ファーイースト・オフィスにいた西尾正治氏を向かいのトイレから射殺した犯人の名は…」


ああ、真実をご覧にいれて差し上げよう。たとえ、依頼人、伊東末彦。あなたの望む答えでなくとも。


「清水麗子」


二人の探偵の声が重なる。

あなたが被りたかった罪は、ない。


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