白馬くんから返信のメールをもらったのは、ちょうどパレードが始まったときだった。

ひったくりを追って駆け出した三人を見失わないようわたしたちも追いかけたけれど、結局犯人の方は人ごみに紛れて見失ってしまった。ここで放っておくのは彼女たちの正義感に反したらしく、遊ぶという選択肢は捨て、犯人を探す流れになった。わたしとしては、そりゃー悪い人は捕まえなきゃと思うけど、状況が状況なのでみんなには無茶しないで遊んでてほしかった。もちろんこれは、事情を知ってるわたしだから言えることである。……ああ…白馬くんも、わたしに言ったときこういう気持ちだったのかなあ…。
少し申し訳なくなったものの彼女たちを放っておくわけにはいかない。わたしと紅子ちゃんは当初の予定通り、蘭ちゃんたちのそばで見張り役を自主的に仰せつかるのであった。

それから一時間ほど経ったあと、目暮警部と白鳥警部に会った。どうやら毛利さんに言われて人質の保護をしに来たらしく、一緒にいた服部くんのことは知ってたけれど白馬くんのことは知らなかったようだった。わたしたちもなんです、と三人にはばれないように話すと少し驚かれたけれどすぐ信じてくれて、「君たちは安全な場所にいなさい」と優しく諭された。もちろん、蘭ちゃんたちといると言って断ったけれど。

人混みの中をさまよい歩きながら、ぼんやりと思う。目暮警部の言う、安全な場所ってどこだろう。わたし自体が爆弾なのに、安全も何もないと思う。そう考える思考回路はドラマや映画の見過ぎだろうか。まるで自分が悲劇のヒロインになった気分になって寒気がした。爆弾人間という言葉がピッタリなのだ。もちろん、目暮警部は適当を言ったんじゃないってわかってるし、何よりわたしたちを安心させようとしての言葉だっていうのも伝わった。でも現実は、カフェテリアにいたってゲート近くにいたって、IDをつけてる限り危険であることには変わりなかった。

ちらりとゲートの方を見遣る。今はミラクルランドの奥地まで来ていたので、ゲートが見えることはなかった。人だけが行き交っている。「……」わたしはだんだんと虚しくなってきていた。時計は無情にも刻一刻と時を刻んでいくのだ。
出たら、すぐに爆発するのかな。もし猶予があるんなら、わたし、こんな目に遭わせた依頼人とやらを、どうにかして、絶対、……


。はぐれるわ」


そっと腕を引かれて振り返る。紅子ちゃんが心配そうに見つめていた。咄嗟にふるふると頭を振り、ごめんねと謝る。……怖いな、凶悪なこと考えてた。絶対に許さないその人のことをぶん殴るのは、IDを外せてからだ。そう、白馬くんが事件を解決してくれるまで。ごめんねえ、白馬くん。信じてるよ。でも待ってるだけなの、しんどいんだ。


「自棄起こしたって、ゲートは通さないわ」


紅子ちゃんが、ぎゅうとわたしの腕を掴んで、蘭ちゃんたちのあとを追って歩きながら呟いた。その言葉にわたしはポロッと涙を零したのだけれど、誰にもばれないように拭ってごまかした。





白馬くんにメールで報告しておこうと思いついたのは6時半ごろで、余計な心配をかけないようにと蘭ちゃんたちと合流したことだけを伝えた。それからしばらくして、こちらに向かっているとの返信が来たのだ。短いながらも彼の暖かさを感じ取り、それまでもやもやと心にのしかかっていたわだかまりが、少し軽くなった気がした。立ち止まって携帯を覗き込む紅子ちゃんにパッと顔を上げる。もう空は暗く、彼女の表情を捉えるにはミラクルランドの照明やネオンが頼りだった。


「白馬くん、事件解けたのかな!」
「そうとは書かれてないけど、何かしらあったんでしょうね」
「あとはこっちが無事でいられたら、大丈夫だね」


ぎゅうと携帯を握り締める。現在、わたしは紅子ちゃんと二人でパレードを見るお客さんの人混みの中にいた。周りは知らない人しかいない。実は30分ほど前に、ちょっと目を離した隙に蘭ちゃんたちとはぐれてしまったのだ。携帯で呼び出しても一向に出なくて途方に暮れていたところだった。いつの間にか警部たちも姿が見えなくなってたし。
それからしばらく人混みの中を歩いていたけれど、一時間くらいそうしてても進展はなかった。それにこんな人だかりじゃ視界が狭まって息苦しい。ついにギブアップをしたわたしは紅子ちゃんと共に一旦パレードから離れることにした。


「…紅子ちゃん、ひったくりの顔見た?」
「見てないわ。覚えてるのは帽子とジャンパーを着てたことくらいかしら」


すごいなあ、わたしそれすらも覚えてなかったよ。そういう瞬間記憶能力、鍛えたいなあ。三ヶ月くらい前にあった、刑事さんが殺された事件に居合わせたことを思い出す。あのとき、白馬くんもあの一瞬で犯人の傘とコートの色を覚えていた。
パレードから遠ざかるとゲートが見えるようになる。でもさっきみたいな自暴自棄な気分には少しもならなかった。キッと見据え、すぐ辺りを見渡す。わたしがやるべきことは、わかりやすい。全部紅子ちゃんの言う通りだ。

と、一組のカップルに目が留まった。


「……えっ」
「どうしたの?」
「あか、紅子ちゃんあれ!!」


ビシッと指差す先を紅子ちゃんもじっと目を凝らす。男女との距離はそこそこあり、かろうじて顔の判別がつく程度だ。「……佐藤刑事、だったかしら?」うん!と力強く頷く。私服だから気付きにくいけど、間違いない、佐藤刑事だ。そして隣にいるのは高木刑事だ。二人ともいい雰囲気で並んで歩いている。そうそれは、カップル同然だった。


「え、あの二人って付き合ってるの…?!」
「見たところそうみたいね」
「うわ〜…!」


すごいことを知ってしまった。心なしか顔が熱くなってる気がする。二人のことはよく知らないけど、言われてみれば同じ捜査一課だし、しっかり者の姉さん女房な佐藤刑事とちょっとへろへろしてる高木刑事は相性がいいのかもしれない。ガン見するわたしたちに二人は気付かないまま、前を横切るようにカフェテリアやレストランがあるエリアに向かっていった。それを最後まで目で追い、おおおと声を漏らす。心臓がどきどきしてる。


「職場恋愛だ…」
「というか、今日は休みなのねあの二人。警部と会ったら気まずいでしょうに」
「あ、確かに」


そうなったら大変だけど、ちょっと面白いと思ってしまうのは他人事だからである。あははと笑っていると、


「待ちなさい!!」


また大声が耳に入った。咄嗟に振り返る。黄色い半袖のTシャツを着た、ガタイのいい男の人がこちらに向かって走ってきていた。その後ろには蘭ちゃんたちも見える。「どけ!」驚いたわたしは何もできず、男の人に押しのけられ無抵抗のままドサッと地面に尻もちをついた。「!」焦ったように紅子ちゃんが膝をつくそばを、蘭ちゃんと和葉ちゃんと園子ちゃんが通り抜ける。ひったくりの犯人…!思って尻もちをついたままそっちを見遣った。

心臓が浮く。犯人が向かってるのは、ゲートだ。


「待って!!!」


無我夢中で走り出した。止めないと。犯人なんてどうでもいいから止めないと。後ろで紅子ちゃんの呼ぶ声が聞こえた気がするけれど、このときは構わず走った。全力疾走してるのに園子ちゃんの背中にも届かない、このままじゃ犯人を追いかけて、蘭ちゃんたちが…!


「観念しなさい!もうすぐ警備の人が来るわ!」


ハッとして先に目を向けると、犯人の前に回り込んだ蘭ちゃんが彼と対峙していた。それと同時に和葉ちゃんと園子ちゃんも距離をあけてその場で立ち止まる。わたしは園子ちゃんの前に出てうかがうように、犯人との距離を測った。逃げられないように、園子ちゃんも和葉ちゃんもいないところに場所を取る。幸い、ゲートまでは全員まだ距離があった。よかった、と思ったのも束の間、なんと蘭ちゃんが犯人の胸にパンチを決めたではないか。突然の戦闘に目を丸くする。確かに蘭ちゃんが犯人と対峙したときは一瞬ヒヤッとしたけど、まさか物理的に勝算があったとは。ハイキックを決め、犯人がよろける。


「和葉ちゃん…!」


犯人のそばには和葉ちゃんがいた。少したじろいだ和葉ちゃんに犯人は掴みかかるが、彼女はその腕をいなし、相手の勢いを利用して華麗に投げ飛ばしたではないか。すごい、と素直に関心していると、放り投げられたその人はわたしの足元で勢いよく倒れ込んだ。


「え、」


起き上がる犯人と目が合う。


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