[今服部くんとそちらに向かっています。もう少し待っていてください]


さんへの返事を送信し終えたあと、携帯に表示された時刻を見ると丁度19時30分を示していた。静かに揺れる車内から窓に目を向ける。日は沈みようやく暗くなった時間帯では、対向車線を走る車が多く見られた。レッドキャッスルホテルまであと30分といったところか。息を吐き、サイドガラスからふと目を伏せる。車に乗ってからしばらく経った今、考えることは事件の真相しかなかった。

…キッドが命を狙われていたのは、現金輸送車を襲った犯人の顔を見たからだ。その理由を知らなかった彼は、突き止めるため僕と接触を図った。

その推測に確信を持つことができたのは服部くんの話を聞いてからだった。後部座席、左隣に座る服部くんは現在、大阪府警の大滝警部と二度目の通話中らしい。その彼から先ほど聞かされた、彼の調べでわかったことを頭の中で反芻する。
服部くんに与えられたヒントは「TAKA3−8」と「YOU CRY」。つまり僕とは違うヒントを出されていた。一つ目のヒント、TAKA3−8は高島町3−8−5という住所を示しており、そこに向かったところ、廃墟となったホテルの機関室で白いバッグに入った目出し帽と手袋、レンタカーの領収書、そしてガバメントを見つけたという。さらにそこに住んでいたホームレスの話によると四月四日の朝、真新しい黒の乗用車がホテルの外に停まっていたのが、夕方には白の中古車に変わっていたという。その中古車も夜にはパーツを取られて骨組みにされたらしかった。

結論からいって、白いバッグに入っていたのは現金輸送車襲撃の際使用した道具だ。白い中古車で馬車道の現金輸送車から金を奪い逃走し、その廃墟にバッグを隠したあと黒の乗用車に乗り換えたのだ。
ちなみに服部くんはそこで探偵の毛利さんと合流し、今日自分以外に依頼された探偵がいることを知ったそうだ。廃墟を調査後、神奈川県警に毛利さんが誤認逮捕されたと聞いたときは何事かと思ったが、どうやら朝からキッドの予告を受けていたらしく、張り込んでいた刑事に仲間だと嫌疑をかけられたのだそうだ。ちなみに、廃墟の外で一悶着しているとき、上空を縦断するキッドを目撃したという。


「キッドが予告を出していたんですか」
「ああ。深山美術館にな。でも今回は何も取られんかったらしいで」


初耳の情報に目を丸くする。深山美術館といえば四月四日にキッドにダイヤを盗まれた場所じゃないか。僕の記憶が正しければ、そこは深山商事の本社の最上階にあり、社長の深山総一郎氏が趣味で収集した宝石類が展示されている。実際に足を運ぶことはなかったが、事件の概要だけは頭にインプットしていたのだ。だから、盗まれたダイヤがすぐに返されたことも知っている。

おそらく服部くんたちの前に姿を現したのは、僕に盗聴器を仕掛けたあとだ。そのあとさらに深山美術館に行き、馬車道で僕と接触した。彼は知っていたんだ。自分が命を狙われる理由と今回の件が、リンクしていることを。

それから馬車道では警察がそばにいるのを監視カメラ越しに依頼人にばれ、爆発騒ぎが起こったらしい。その際機転を利かせた毛利さんが、依頼人に見つかることなく、ミラクルランドにいる人たちを警察に任せることに成功したそうだ。先ほど、そこに出向いてくれた目暮警部にさんたちのことも伝えるとすでに了解済みのようだった。
それから毛利さんと別れた服部くんの行動は僕らとほぼ同じだった。横浜海洋大学に行き、そこにいた犯罪研究会の人の話を聞き、ファーイースト・オフィスに出向いた。


「どうりで占い師のおばちゃんや犯罪研究会の姉ちゃんに訝しがられたわけや」


不満げに腕を組んだ服部くんを思い出す。どうやら調査開始時刻は僕より二時間ほど早かったようだが、高島町の廃墟に行った分僕の方が少し先を行くことになった。しかし結果的にヒントの場所を全て回ることができたのだからイーブンだろう。僕もそこでバッグを見つけていれば、もっと早くキッドとの関連性に気付けていたはずだ。

バッグに入っていたガバメント、西尾氏殺害に使用されたチャーターアームズAR7。キッドとの銃撃戦の場所に落ちていた薬莢と同じ銃だ。その日の同時刻にキッドの犯行と現金強盗が行われた。深山美術館と馬車道の銀行の距離もそこまで離れていない。これらを繋げると、現金輸送車襲撃事件の犯人が、キッドを撃ったという結論に達する。キッドはなぜ撃たれたのか、それは、襲撃犯の顔を見たからだろう。以来彼は口封じのため、犯行の度命を狙われることとなったのだった。

それからその襲撃犯だが、残された薬莢が二種類ということは使用者も二人いることになる。つまり犯人は……


「おおきに。ほな」


隣の服部くんが電話口で礼を述べる。通話が終わったようだ。巡らせていた思考を一旦中断し、彼に向く。


「何かわかりましたか?」
「おお、色々な」


ニッと不敵に笑った彼に続きを促すと、彼は意気揚々と、大滝警部から聞いた情報を話し始めた。


「西尾の射殺事件にはおまけがあったんや」


彼の話によると、西尾氏が狙撃された夜、一台の車が埠頭のコンテナヤードで横転し、大破した事故があったという。運転していたのは伊東末彦。かなりの大怪我で、一ヶ月間集中治療室から出られないほどだった。事故を起こした車を警察が調べたところ、油圧計のパイプに細工が施されており、さらにトランクからはサイレンサー付きのライフルが出てきた。指紋は拭き取ってあったものの、西尾氏殺害に使われたライフルで間違いないことがあとでわかったという。


「そこまでわかっていて、彼は逮捕されなかったんですか?」
「ああ。事故から二ヶ月後、やっと面会の許可が出て警察が訪ねたんやけど、伊東の姿はなかったんやと」


なるほど、それで行方知れずとなって、指名手配されたというわけか。彼にかけられた容疑は西尾氏殺害と現金強盗の二つだった。しかし服部くんは腑に落ちない様子で、「そもそも」と頭の後ろで手を組んで続けた。


「狙撃現場に伊東の足跡が残されとったし、衣服からも硝煙反応が出た。現場から採取された弾の数も、ライフルに装填できる八発全部やし、そのライフルマークも全部一致してるんやけど…」
「別の人物が撃った痕跡があったんですね」
「ああ」


頭の中で一人の女性の名を思い浮かべながら続きを促すと、ライフルのスコープにマスカラが付着していたのを鑑識が見つけていたことを明かされた。「そのマスカラはレアもんでな、伊東と西尾の周囲の女性を調べたら、それと同じマスカラを使てる一人の女が浮かんできたんや」携帯のカメラに収めた写真を思い起こす。伊東末彦の左隣で横断幕を持って笑う茶髪の女性。研究会で聞いたから間違いない、彼女が、


「…清水麗子」


静かに呟く。得意げに笑う服部くんと目が合った。「ああ、犯罪研究会のマドンナ的存在。西尾と伊東とは特に仲がよかったらしいで」大学卒業後も同じ会社で働くくらいだからある程度親密なのはわかっていた。彼らに繋がりは存在する。そして、殺害動機も。


「西尾氏を撃ったのは伊東末彦と清水麗子……僕たちの推理は正しいようだ」
「ああ。けどこれだけやとどっちが犯人かはまだわからんな」


確かに、と足元に目を落とし考え込む。現状、西尾氏を殺害することはどちらでも可能だ。犯行動機も同じであろう彼らのうち一人を真犯人として特定するには、あと一つ証拠が足りない。


「あ、事件とは直接関係あらへんけど、ファーイースト・オフィスは社長の伊東がおらんようになって倒産してん。それを買い取ったんが深山商事や」
「深山美術館とも関係が?」
「社長の深山は伊東のおった犯罪研究会の四つ歳上の先輩。伊東は深山をだいぶ慕てたらしいで」


四つ?聞き間違いかと思い服部くんに目をやるが、彼は右手で四の数を示していた。…犯罪研究会の三代目部長が伊東なのに、その四つ上がクラブにいたのか。サークル内の制度までは聞かなかったが、代々二年生が部長をやる決まりでもあったのかもしれない。それとも単純に浪人か何かか。


「ほんで大滝はん、ついでにおもろいこと調べてくれたで。四月四日に深山美術館に盗みに入ったキッドと、現金輸送車狙った犯人の逃走経路がぶつかるところがあってな、そこでちょっとした銃撃戦がーー…て、自分知っとったか?」
「ああ、それはね。けど逃走経路がぶつかっていたというのは初耳です」


推測は確信へと変わる。「キッドが僕たちの前に現れたのは、その件について彼も調べたいことがあったからなんでしょう」思えば彼の言動には不審な点がいくつかあった。そう、彼視点で見ている物事は、僕と違ったのだ。


「…あ?誰や?」


再び服部くんの携帯が着信を知らせていた。ポケットから取り出し、お、と目を丸くした彼はすぐさま携帯を操作し耳に当てた。


「もしもし、どないしたん?……あー、ぼちぼちやな。まだ犯人は特定できとらん」


電話の相手を推測するが、彼の知り合いというのは数える程度しか知らないため答えは出せなかった。和葉さんか?と思ったが彼女に事件の内容は知らせてないと言っていたし、彼女相手にしては当たりが弱いのも違和感があった。「そっちはどや?……え?……おお、…それホンマか?!」「?」突然声を大きくした服部くんに内心首をかしげる。


「おおきに!俺らもうすぐ着くから任しとき!」
「……」
「あ?ああ、白馬と会うてん。俺らと同じや。……あー大丈夫やって!ほんじゃ」


やや強引に通話を終了させた服部くん。「…毛利さんですか?」予想を口にするとそれには肯定が返ってくる。


「ええ情報くれたで。証人見つけたんや」
「ほう、」


どうやら毛利さんは別のアプローチで調査していたらしい。彼が見つけた証人は西尾氏を狙撃した現場のビルの清掃員だった。その職員は問題のトイレからカランカランと金属音が数回したあと、ゴルフバッグを抱えた伊東氏がトイレから飛び出してきたのを目撃したという。……なるほど、それは重要な証言だ。


「これで決まりやな!」
「ああ」


頷き、進行方向へ顔を向ける。道路脇に設置されている看板の広告にはレッドキャッスルホテルまであと500メートルと表記されていた。時刻は8時を過ぎたところだった。これなら確実に間に合う。静かに拳を握る。ミラクルランドで待つ彼女たちの顔が浮かんだ。早く安心させてあげなければ。


「なあ白馬。依頼人の正体なんやけど…」
「…君と同じ考えだと思いますよ」


様々な探偵を集め人質を取った上で脅迫。こんなことをする、尚且つできる男は一人しかいない。


「……それにしても、随分と詳しく話を聞けましたね。最初の電話は大阪の大滝警部からだったんでしょう?」
「ああ。神奈川県警にいとこがおるからそのツテで聞いてもらってん」
「なるほど、そういうことですか」


納得したところで道路の先に赤レンガが埋め込まれた城が見えてくる。その最上階を見据え、僕は口を一文字に結ぶのだった。


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