『こちら十号車、ただ今55キロです。異常ありません!』


 最後の一編成の安全が確認された瞬間、指令室がわっと湧き立った。職員だけでなく坂口部長もやっと肩の荷が下りたように目暮警部と握手を交わしていた。「ここからは我々の仕事です」そう言って気を引き締め直す目暮警部へ足を向ける。


「目暮警部、爆弾が仕掛けられているのは十四時以降ビルや塀などで日陰になっていない場所です。警察官の方には、探す際は常に太陽の位置を確認して自分の影で爆弾を覆わないようお伝えください」
「うむ。わかった」


 捜索班に支持を出しに行く目暮警部と一旦別れ、僕は白鳥警部と警察署へ戻ることにした。空は夕日で染まり始めていた。



◇◇



 五つの爆弾を回収し終えたのは日没まであと十五分といったところだった。窓から茜色の日差しが差す中、すぐに戻ってきた目暮警部の携帯に入った一報を聞き「危ないところでしたね」と白鳥警部が一息つく。しかし反対に、目暮警部は依然神妙な面持ちだった。


「だが喜ぶのはまだ早い。仕掛けられていた爆弾は盗まれた爆薬の量からしてわずか四分の一だそうだ」


 その情報に顎を引く。犯人をこのままのさばらせておくわけにはいかない。今だ掴めない犯人像に唸る目暮警部に、何かヒントが隠されているかもしれないと思い問い掛けた。


「ちなみに、爆弾はどこに仕掛けられていたんですか?」
「どこって、普通の住宅街だよ。ああそうだ、一ヶ所だけ橋の上だったな」
「橋?」
「ああ。隅田運河の……ほら、ちょうどあれだよ」


 指差した先の、室内に備え付けられているテレビを見る。ニュースの生中継なのか、川に反射するオレンジが眩しい映像だった。
 そこに映っている石造りの橋は最近見たばかりだ。森谷教授設計の――そういえば、一昨日放火された黒川邸も森谷教授の設計だったはず。偶然か…?
 思い掛けない共通点に思考を巡らせていると、ニュースは次の話題に移ったようだった。画面が切り替わり、そこに飛び込んできた映像に目を見開く。


「阿久津邸…?」


「連続放火事件」という煽りと共に映る邸宅は焼け落ちほとんど原型を留めていなかったが、間違いなく森谷教授のギャラリーで見た写真と同じ家だとわかった。女性キャスターの報道内容からもそれを確信させた僕はすぐさま目暮警部に向き直った。


「目暮警部、連続放火事件で被害に遭った家は他にどこですか?」
「連続放火事件?それが爆弾犯と何か関係があるのかね」
「可能性は。とにかく教えてください」
「ちょっと待ちたまえ。白鳥くん」
「はい。調べてきます」
「出来たら設計者の名前も調べてください」


 白鳥警部は頷き部屋を出て行った。これで僕の推測が正しければ、犯人に一気に近づけるだろう。環状線爆発事件の目的もはっきりする。しかし動機は何だ?

 そうだ、森谷教授設計といえば。ふと、先週に見たショーケースを思い出した。あとで調べようと思ってすっかり失念していた。


「お伺いしたいのですが、最近西多摩市で都市計画の話が挙がってるんでしょうか」
「都市計画?少し前にならあったが……事件があって見直しになってからはほとんどなかったことになっとるよ」
「事件?」


 聞くと目暮警部は記憶を思い起こすように上方を向き話し始めた。一年ほど前、西多摩市の市長である岡本氏を助手席に乗せた車が会社員の女性を轢く事故を起こした。運転席には息子の岡本浩平が座っていて、初めはそれを単なる事故で処理しようとしていたが警察が違和感を覚え捜査を進めたところ、実は事故当時運転席に座っていたのは岡本市長だったことが発覚したのだという。結局その事件によって岡本市長は失脚し、彼が進めていた新しい町づくりの計画も一からの見直しとなったのだそうだ。
 なるほど、だから我が幻のニュータウンなのか。「それがどうかしたのかね」訝る目暮警部にはとりあえず濁しておき、白鳥警部が戻るのを待った。


「目暮警部!」


 ものの十分で戻って来た彼は急いできてくれたのだろう、やや上がった息のまま資料を片手に調査の結果を述べた。


「放火された邸宅ですが、黒川邸を始め、水嶋邸、安田邸、阿久津邸とすべて森谷教授が三十代前半の頃に設計したものでした」
「なんだって?!」
「やはりそうでしたか」


 仮説は確信に変わっていく。「白鳥警部。あの橋も同じ森谷教授の設計というのはご存知ですか?」「そういえば…!」建築に詳しいらしい白鳥警部はすぐに思い当たったようだ。すぐに連続放火犯と爆弾犯が同一犯である可能性が浮かび、環状線爆発の狙いは本当はあの橋なのではないかと行き着く。そして犯人の目的は森谷教授が設計した建築物を破壊すること。動機は森谷教授への私怨なのではないか。「一連の放火事件はみんな鉄製の発火装置を使っていました。今思えば爆弾犯と共通するものがあります」そう言った白鳥警部に目暮警部は頷き、とにかく森谷教授に話を聞きに行こうと踵を返した。二人のあとに続いて部屋を出る。


 外は完全に暗くなっていた。十一月にもなると日の入りが早いから他の季節と比べて随分夜が長く感じる。時刻は十七時を回っていた。今日何度と見たか知れない懐中時計をしまい、息をつく。薄々そんな気はしていたが、約束の時間には間に合わないだろう。思った僕はメールでさんに謝罪と共に遅れる旨を伝えた。
「それにしても白馬くん、よく知っていましたね。あの橋が森谷教授の設計だって」メールを送信したところで運転席の白鳥警部にそう言われた。顔を上げ、「ああそれは――」先週森谷教授に返したことと同じことを答えようとしたところで、ふと思い出す。そういえばあのとき、彼は不思議なことを言っていた。あれは一体どういう意味だったんだ?


「ここが例のタイマーが一時止まった場所だな」


 目暮警部の声にハッとして外を見遣る。やはり普通の住宅街で、目立つものといえばマンションと、隣の児童公園くらいだった。その公園の脇の、暗くなった辺りを照らすように光るガス灯にどこか見覚えがあるような気がした。すれ違うそれを、振り返って目で追いかけていた。


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