十四時五十分十四秒。懐中時計をしまい、警部と坂口運行部長の会話に耳を傾ける。
 警視庁に合同対策本部が設置されたあと、僕は目暮警部たちと共に東都鉄道の総合指令室に来ていた。環状線全車両がノンストップで走り始めてからすでに五十分が過ぎ、ラジオやテレビではそれについての報道がひっきりなしにされていた。警察が隠し通せるのも限界だった。今に乗客たちも騒ぎ始めるだろう。


「では、車内から不審物は発見できなかったんですか」
「はい。現在走行中の二十一編成全車両、車掌がくまなく探したのですが、荷物は全て持ち主がいました。そちらの方は?」
「沿線の数ヶ所から撮影された映像でも車体の下に爆弾らしきものは見つかりませんでした」


 捜査は手詰まったようだ。聞き届け、一度指令室を出る。窓の外を見ると丁度ターミナル駅を車両が通過していた。空はまだ明るいが、この時期の日没は早くて十六時半。あと一時間半ほどしかない。
 ……そもそも。時速60キロ以下で走行した場合爆発するというのは仕掛けとしては理解できる。しかし日没までに爆弾を取り除かなかった場合も爆発するというのはどういうことなんだ?なぜ日が暮れたら爆発するんだ。日が暮れて変わるといえば電車のライトだが、車体の外に設置されているのなら警察のカメラで見つかるはずだ。ライトが当たったら爆発する仕掛けになっているのか?しかしそうすると時速60キロ以下の走行で爆発する原因にならない。
 外の住宅地に目を向けると、何軒かの屋根に設置されているものが目に入った。ソーラーパネル、あれは日没と共に効力がなくなる装置だ。日光に照らされなくなるから、――日光?

 ライト……光、…日が暮れる?――! そうか!




「目暮警部!」


 指令室に戻り打開策を講じている三人に駆け寄る。振り返った目暮警部の問い掛けに答え、すぐさま切り出した。「爆弾が仕掛けられている場所がわかりました」


「何だって?!それは一体どこなんだね?!」
「……「線路の間」です」


「せ、線路の間?」頷き、ピンと来ていない三人に説明するべく胸ポケットから出した手帳に図を描いていく。「爆弾はほんの数秒間、光が当たらずにいると爆発する仕掛けになっているんです」


「いいですか?環状線が爆弾の上を通過すると、全車両が通過するまで何秒間か光が遮られます。車両の長さが二十メートルとし十両で二百メートル。時速60キロだと秒速約十六.七メートル。つまり、二百メートル走るのに十二秒ほどかかります。そのギリギリ爆発しない時間が、時速60キロで通過したときの時間なんです」


「ですからすぐに環状線を他の線に移してください。環状線の線路から離れさえすれば止めても危険はありません」そう告げると、納得した目暮警部はわかったと力強く頷き、同じように聞いていた坂口部長に声を掛けた。それに彼も頷き、指令室にいる全員へ向け声を上げた。


「三分後に十一号車を芝浜駅貨物線へ引き入れだ!準備に掛かれ!」


それを聞いた職員らが一斉に動き始める。各所と交信する彼らの鮮やかな手際は見事と言わざるを得なかった。きっかり三分後に貨物線へ路線変更し、スピーカーから車掌の声が響く。『十一号車、これより減速します!』


『68キロ…66キロ…64、63キロ…62、61、60キロ!59、58キロ…!』
「異常はないか!」
『はい!異常ありません!』
「よし、そのまま減速して次の貨物駅で停止してくれ!」
『了解!』


上手くいったようだ。「やりましたな!」「いえ、まだ安心はできません。環状線はあと二十編成走っとるんです」目暮警部の言葉にも厳しい表情のままの坂口部長から視線を指令室全体に移す。そう、あと約一時間で全車両の引き入れだけでなく爆弾の回収も行わなくてはならない。そして、犯人像もまだ掴めていない。この事件は少しも解決していないのだ。


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