早めの昼食を摂ったあとは午後から警察に顔を出そうと思っていた。今週起こった事件の捜査資料を見せてもらいに行くつもりだったのだ。約束の午後六時までかなり時間もあるし、あるいは現場にも足を運べるだろう。外出する支度も終わり、ダイニングでニュースを見ながら紅茶を飲んでいた。


『一昨日、東洋火薬の火薬庫からオクトーゲンを含む大量の爆薬が盗まれた事件で、警視庁は百人を越す警察官を動員して捜査に当たっていますが、依然として、犯人の手がかりは掴めておりません』


 男性ニュースキャスターによる報道の内容に眉をひそめる。近くでばあやが「大変な事件でございますね」と言ったのに対し頷き、ティーカップを置き思考する。オクトーゲンをプラスチックで固めたものがプラスチック爆弾と呼ばれるものだ。この犯人の目的が爆発物を製造し、それを利用することにある可能性は低くない。使用目的か、密売か。いずれにせよ早急に犯人を捕まえ盗まれた爆薬を回収しなければ国民や世界中に危険が及ぶのは間違いなかった。『それでは次のニュースです』画面が切り替わる。今度は夜の映像に赤とオレンジの炎が揺らめいていた。


『昨夜遅く、杯戸町の黒川さん宅から火が出て、付近の家数件が類焼しました。ひと気のないところから火が出たため、警察では放火との見方を進めています。なお、最近多発しています一連の放火事件と手口が似ていることから、警察では同じ犯人の可能性も高いと見て捜査を……』


 その途中で、電話の音が鳴り響いた。自宅のそれをばあやが受ける。数回の受け答えののち、子機を僕に差し出した。その表情はどこか険しい。「旦那さまがご不在だと申しましたところ、ぼっちゃまに代われと」「僕に?」「何やら変声機を使っているようです。ご用心ください」受け取り、もしもしと電話での決まり文句を言う。


『白馬探か』
「ええ」
『ニュースを見たか。東洋火薬から爆薬を盗んだのは俺だ』
「!」


 告げられた内容に目を見開く。すぐに睨むように電話に意識を向け、相手の声に耳をすませた。犯人だと?本物か?いたずらの可能性もある。が、それにしては変声機を使うなんて手が込み入っている。しかし犯人がわざわざ一体、何の目的があってここに掛けてきたというんだ。


『おまえの携帯番号の番号を教えてもらおうか』
「……失礼ですが、あなたのような方に教える義務はありません」
『ほう。俺からの唯一の連絡手段を断ち切ってもいいのかな?』
「! ……わかりました。番号は――」


 どういうつもりかは知らないが、相手は何か企んでいるらしい。十一桁の番号を告げると電話の向こうでその人物が笑ったように感じた。


『よし。今すぐ携帯電話を持って堤向津川の緑地公園へ来い。面白いものを見せてやる』
「緑地公園…?」
『急がないと子供たちが死ぬぞ』
「なに?!」


 そう言って通話を切られた。どうやら四の五を言っている場合ではないようだ。「ばあや、今すぐ車を出してくれ!」「かしこまりました。ですがぼっちゃま、今の相手は一体…?」「あとで話す。それよりすぐに堤向津川の緑地公園へ!」コートを取り、ダイニングを出た。




 公園前の道路に着くと車を降りてそこへ向かう。日曜という休日のため大人から子供まで大勢の住民が各々すきなことをしていた。辺りを見回すが犯人と思わしき怪しい人影は見当たらない。嫌な予感は頭を駆け巡る。本当に爆薬を盗んだ犯人だとしたら、面白いこととはまさか――。
 ふと、独特の動きをする空飛ぶ浮遊物に自然と目が行った。赤い飛行機型のラジコンだ。どうやらそれを操縦しているのは小学生くらいの少女三人組のようだった。「……」それを不審に思い駆け寄る。何も女の子がラジコンを使っているのが不審なのではない。近くにスコップやバケツなどままごとをするおもちゃもあるのが不審だったのだ。近くまで行き、警戒されないよう屈んで目線を合わせ、彼女たちに話し掛ける。


「はじめまして。ちょっといいですか?」
「うん?なあにお兄さん」
「そのラジコン、君たちのものかな?」
「うん。もらったんだよ、おひげのおじちゃんに。面白いものだからって」
「! ……お願いがあるんですが、そのラジコン、僕にも少し触らせてくれませんか?」
「これ?」


 三人が顔を見合わせて相談している間、空を飛行するそれをよく観察する。近くで見てやっと気付く程度の大きさだが、飛行機の胴体の下に細長い黒い何かが付いている。まさかあれが……。無意識に顔をしかめると、話し合いが済んだのか「お兄さん、いいよ」と言って一人の女の子がリモコンを差し出した。それに幾分ほっとしながらお礼を言って受け取る。おもちゃのラジコンの操縦というのはしたことがなかったがそう難しいものでもなく、地上と距離を保ちながら黒い物体をよく見る。タイマーなどの装置は見受けられない。時限式ではなさそうだ。犯人が意図的に爆発させるものか、あるいは……。
 クソ、どの道悠長にしている場合じゃない。「すみません、危ないので早く逃げてください」「え?」片手で軽く少女の背を押す。戸惑う彼女たちに事情説明している時間はなかった。顔を上げ、「これは爆弾です!みなさん早く離れてください!」周りの大人に向かって大声を上げると、彼らはどよめきと共に子供を抱えて一目散に逃げて行った。女の子たちもわけがわからないまま遠くに離れて行ったようだった。
 パニックの末園内に広いスペースができたところで、川寄りにラジコンの着地を試みる。あの大きさならそこまで大きな爆発にはならないはずだが、もしこれが衝撃爆弾だとしたら着地を失敗すると確実に爆発する。冷や汗が頬を伝う。速度を落とし、ゆっくりと降下させていく。気付けば園内の全員が固唾を飲んでラジコンに注目していた。

 飛行機の脚が地面に着く。プロペラが止まる。……よし、上手く行った。電源は落とさずそのままにし、再びざわめき始めた周囲に説明しようと振り返る。と、そのタイミングでポケットの携帯が鳴り出した。すぐに取り出し受話ボタンを押す。


「もしもし」
『よく防いだな。褒めてやろう』


 犯人!やはりどこかで見ているのか。園内の外や周りの建物に目を移す。すると川の向こうのビルの屋上に、こちらを見ているような人物を見つけた。しかし遠すぎるため肉眼では人影としか捉えられない。


『いいかよく聞け。一時丁度にもう一つ爆弾が爆発する。場所は米花駅前広場だ』
「待て!おまえの目的は何だ!」
『ククク……ヒントは木の下だ。ただし木の下に埋めてあるわけじゃない。早く行かないと誰かに持って行かれちまうかもしれないぞ』


 そこでまたもや通話が切られ、舌打ちしながら懐中時計を確認する。十二時四十六分三秒。あと十四分だ。すぐに踵を返し子連れの父親にリモコンを預け、間違ってもあのラジコンには近付かないこと、ここに来るまでに呼んだ爆弾処理班にこのリモコンを渡すことを頼み公園を後にした。路肩に停めていた車に乗り込み目的地を告げ、ばあやに借りた携帯でもう一度警察に電話を掛けた。


5│top