ギャラリーを出て近くのトイレに向かう途中、中途半端にドアの開いた部屋の前を通った。帰りに再度通りかかり、非常識かと思いつつ好奇心から部屋を覗いてみると、そこは設計に使う機材などが置いてある物置のようだった。作業部屋、というわけでもなさそうだ。流石に仕事に直接関わるような物があったら申し訳ないと思ったが、その心配は無用だったらしい。
 ふと、入り口の近くに黒い布の掛かった大きな箱のようなものが目に入った。その布を持ち上げ中を見てみると、四角いショーケースに飾られたミニサイズの街の模型があった。


「『我が幻のニュータウン西多摩市』……?」


 金色のプレートに刻まれた文字を確認したあと、その模型に目を移す。完全なシンメトリーの街の中に、等間隔で道路に立つガス灯があることに気がつく。留学中ロンドンでよく目にしていたそれと似ているところから、彼の英国様式への病的なこだわりが見て取れた。森谷教授設計なのはまず間違いない、西多摩市の都市計画か何かだろうか。今そんな話が挙がっているとは聞いたことはないが、何せ長い間ここを留守にしていたため実情には敏くないのだ。

 元通りにしギャラリーに戻ると、さんが一番奥のパネル写真をじっと見ていた。僕に気がつくと振り向き、「あ、白馬くん!」途端に笑顔を見せた。


「丁度よかった、映画ここにしない?」
「? 米花シティービルですか?」
「うん。確かここ映画館入ってるよ。せっかくだし森谷さん設計のここにしようよ!」


 彼女が指差す先には米花シティービルが写っている。そういえば日時だけ決めて肝心の場所が未定だったことを思い出し、特に希望もなかったため彼女の提案を受け入れた。


「いいですね、そうしましょうか」
「うん!じゃあ六時に米花シネマ1のロビーでいいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「おや。映画ですか?」


 そう問い掛けた森谷教授に彼女が頷き、来週の日曜に二人で映画を見ることを話す。すると彼はそうですかと笑みを浮かべ、今上映している映画のタイトルをいくつか挙げたのち、ビルの写真を見て言った。


「このビルは私の自信作でしてね。若いカップルのデートにはこれ以上のところはありませんよ」


 その言葉に、デートって、と顔を赤くした彼女を見て小さく笑う。制服や私服と違い、見慣れないセミフォーマルなワンピースに身を包んだ彼女はいつもと違うように見えたけれど、やっぱりさんだと妙に安心したのだった。


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