白馬くんとわたしは屋敷内にある森谷さんのギャラリーに案内され、二階のその部屋に足を踏み入れた。クイズに見事正解した白馬くんが特別に招待されたものだったのだけれど、森谷さんに「ラッキーカラーをお選びになったさんも」と言ってご一緒させてもらうことができた。おそらく同伴者だからという理由だったんだろうから、歩いてる途中白馬くんにお礼を言うと、彼はいいえと小さく笑った。


「さあ、自由にご覧ください」


 左右の壁には額縁に飾られた色々な家の写真が掛かっていた。さっき白馬くんが言ってたようにシンメトリーの徹底された家ばかりだ。完成されたそれは、素人のわたしから見ても綺麗だと思わせる。
 手前から順々に見て行っていると、白馬くんがとある邸宅の写真の前で立ち止まった。わたしが彼に気付いたのとほとんど同時に、後ろでわたしたちの様子を見ていた森谷さんがそういえばと声をかけた。


「黒川さん、殺されたんでしたね」
「えっ?」


 突然飛び出た物騒なワードに驚く。「ええ。すぐに解決したようですがね。その家の家政婦が犯人だったんでしたっけ」真面目な顔で森谷さんに振り返った白馬くんと入れ違うようにその写真を覗き込む。額縁の下のプレートには確かに「黒川邸」という文字が刻まれていた。この家の人が、家政婦に殺された、ということか。見るからにお金持ちが住んでそうな家だから、財産絡みだろうか、と他人事のように考える。


「この家は私が独立して間もない頃の作品でしてね。この先のものはみんな三十代の頃のものですよ」


「若い頃はまだ未熟でね……あまり見ないでください」謙遜したように言う森谷さんに愛想笑いをし、左へ顔を向けた白馬くんに倣って次のパネル写真を見る。黒川邸、水嶋邸、安田邸、阿久津邸と四つの家の写真が並んだ隣に、どこかの石造りの橋の写真があった。「この隅田運河の橋の設計で森谷教授は日本建築の新人賞を獲得されたんですよ」白馬くんがわたしにそう解説すると、後ろの森谷さんがおや、と感嘆の声をあげた。


「よくご存知ですね」
「僕もイギリス生活が長かったもので。英国風の設計をなさる森谷教授のことは以前から存じ上げておりましたよ」
「そうでしたか…いやあ、白馬くんとは何かとご縁がありそうですな」


 有名な建築家相手にも堂々としている白馬くんを、さすがだなあと思いながら見ていた。



◇◇



 白馬くんがお手洗いに席を外してしばらくしてから、森谷さんが「ところで」とどこかタイミングを図ったように切り出した。そのときわたしは橋の隣の米花シティービルの写真を見ていたところだったので、なんだろうと思いながら振り返った。


さんは白馬くんと親しいのですか?」
「え……はい。同じクラスで、結構仲良くしてもらってると思います」
「そうですか。それはいいことですね」
「…?」


 え、なんだ?なんか険悪そうに見えたのかな。しかし思い返してみても今日のわたしと白馬くんにそんなところは見受けられなかったはずだし、事実わたしたちはこれっぽっちも不仲なんかじゃない。それなのにわざわざそんなことを聞いてくる森谷さんが不思議だった。微笑ましそうに笑う森谷さんを訝しげにうかがうと、彼は気にする様子もなく、むしろそのあとわたしを心配するような物言いで続けた。


「でも警視総監の息子さんとなると、色々大変なこともあるんじゃないですか?」
「え?」
「やっかみや逆恨みで事件に巻き込まれるなんてことも……」
「は、はあ、白馬くんから聞いたことはないですが……そういうのはあるかもしれないですよね」
「それらの対象が白馬くんだけとは限りませんよ」
「? ……え、わたしですか?!」
「ああすみません、不安にさせるつもりではなかったのですが」


「や、大丈夫です、けど……」ようやく森谷さんの言わんとしてることがわかって複雑な気持ちになる。警視総監の息子である白馬くんと仲良くしてることでわたしが何かに巻き込まれかねないと言っているのだ。心配してもらってる側だし嫌な気分になるのは申し訳ないかもしれないけど、それは取り越し苦労というやつでは…。どちらかというとお父さんの職業云々より、探偵をやってる白馬くん自体がやっかみを買う可能性のほうが高いんじゃないかなあ。と思ったけど、やっぱりそれがわたしと白馬くんの交友関係を左右することにはならないので杞憂だった。

 それから何となく話は流れ、わたしが改めて米花シティービルに目を向けあることを思いついたところで、白馬くんがドアを開けて戻ってきた。


3│top