パーティの会場である中庭も、一瞬ここが日本であることを忘れさせるような景観だった。ピンクのテーブルクロスの上に赤い布を敷いた丸テーブルが四つほど置いてあり、その上にはどこもおいしそうなお菓子や軽食が乗っていた。森谷さんに招待されたのだろう、スーツやドレスに身を包んだ大人の人たちが何人もいて、まだ時間になってないはずなのにどうやらわたしたちが一番遅かったようだった。
 招待客が揃ったため、森谷さんは「午後のひと時をおくつろぎ下さい」と述べ、それから屋敷へ消えて行った。格式高そうな場の雰囲気に圧倒されキョロキョロと挙動不審になっていると、隣に立っていた白馬くんが「さすがは有名建築家のティーパーティなだけありますね。テレビでよく知られている有名人ばかりじゃないですか?」と話しかけてくれた。それを聞いて改めて招待客を見てみると、確かに、そこかしこにテレビで見たことのある人たちがいる。もちろん見たことのない人もいたけれど、これはわたしがニュースとかをロクに見ないからだろう。
 自分の場違い感に余計緊張したのは否めない。白馬くんも同じ高校生なのに、そういえば警視総監の息子なんだと改めて思わされる。今日は白馬くんに引っ付いてよう、と心に決めたところで、声を掛けられた。


さん、お一ついかがですか?」


 振り向くと森谷さんが戻ってきていた。両手にはこれまたおしゃれなトレーが握られており、小さいバスケットに色とりどりのマカロンが何個も入っていた。「わーありがとうございます!」一瞬にして心を奪われたわたしは駆け寄り、どれにしようかな、と手を伸ばした。目を滑らせ、それから一つ、白いマカロンを選んだ。


「白がお好きなのですか?」
「はい。あと、今月のラッキーカラーなんです!」


 頷いてそう付け足すと、森谷さんは微笑んで「そうなんですか、ではそれを食べたらきっといいことが起こりますよ」と言った。ユーモアのある人だなあと思いながらパクリとかじってみる。マカロン自体は不思議な味がして、中のクリームとまざって口の中に洋菓子らしい甘さが広がった。


「おいしいです!」
「それはよかった。夕べから手間かけて作った甲斐がありましたよ」
「あら先生、お料理なさるんですか?」


 近くにいた女の人が振り返り森谷さんに歩み寄る。それにつられて他の招待客も集まってきたので、さりげなく輪から外れるように白馬くんの元へ後ずさった。「こう見えても独身ですからな。ここに出ているものすべて、スコーンもサンドイッチもクッキーもみんな私の手作りです。何でも自分でやらないと気が済まないたちなんですよ」森谷さんが自嘲気味に答えると今度は赤茶色の髪の男の人が近寄ってきて、ああなるほどと話に加わった。


「その精神がいくつもの美しい建築を生み出すんですね」
「私は美しくなければ建築とは認めません」


 え?突然厳しい口調になった森谷さんを凝視する。「今の若い建築家の多くは美意識が欠けています。もっと自分の作品に責任を持たなければいけないのです!」拳を作り語気を強めて語る彼に会場全体の視線が集まった。なんか、難しいことを言ってる気がするけど、こういう固い信念のある人が大成するっていうのは、なんとなくわかるかもしれない。ぼけっとしていたわたしを余所に、ふうと息を吐いた森谷さんはおもむろにこちらを向いた。どうやら視線は白馬くんに向いているようだった。


「ところで白馬くん。クイズを一つ出しても構いませんか?」
「クイズ?」
「はい。三人の男が経営する会社のパソコンのキーワードを推理するもので。警視総監のご子息で高校生探偵をなさっている白馬くんならすぐにおわかりになると思うのですが」


 森谷さんの言葉に周囲がざわめく。「警視総監の息子さん?」「イギリスで有名な探偵だよ」白馬くんはそんな周りには目もくれず、挑発的な森谷さんに対して同じように笑みを浮かべ応えた。「いいでしょう」


「それでは、これが三人のデータです。パスワードは三人に共通する言葉でひらがな五文字」


 森谷さんはスーツの内ポケットから出したメモ用紙の一枚を白馬くんに渡した。「みなさんも一緒にお考えください」同じ紙を周りの招待客にも渡して周っていく彼を横目に白馬くんに近づくと、わたしが見やすい高さにメモ用紙を持ってきてくれた。



「制限時間は三分間。それではスタートです!」


 覗き込み、それに目を通す。ぱっと見三人に共通点はないようだ。ちょっと考えて、わかりそうもないかなと早々に諦めたわたしはちらっと目だけで上を見た。顎に手を当てて熟考している白馬くんに話しかけるのはよそうと思い、次に周囲を見回す。クイズに挑戦してうんうん唸っている人たちの中、森谷さんが中庭の隅でパイプにマッチで火をつけているのが見えた。パイプ吸う人、生で初めて見たなあ。
「うーん、私は降参だ。プロの方の答えを待ちましょう」ふとそんな声が聞こえてきた。少し離れたところで頭を掻いている男の人だ。目が合ったと思いすぐに逸らす。逸らした先で、白馬くんが何やら指を折って数えているのに気が付いた。それがピタリと止まったと思ったら、ふっと不敵に笑い、パイプをふかしている森谷さんに向かって声を上げたのだった。


「わかりましたよ。「ももたろう」、ですね」


 ももたろう?思わず呟くと白馬くんはええ、と頷いて、この三人の生まれた年が連続していて、干支が申年、酉年、戌年であることを指摘し、桃太郎の家来という共通点を導き出したことを解説してくれた。「正解です!さすが白馬くん、大したものだ」森谷さんがこちらに歩み寄りながら白馬くんに賞賛の拍手を送ると、周りの人たちも一斉に手を叩いた。わたしも全力で拍手する。すごい白馬くん!その本人は得意気な表情を浮かべたと思ったら招待客に向かって恭しくお辞儀をしてみせたので、やっぱり慣れてるんだなあと思わせた。それにしても、お辞儀も様になるんだこの人。


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