落としていた携帯を見つけたのは爆発が起こってから十五分ほど経ったあとだった。最初何が起こったのかわからず条件反射でただうずくまっていたせいでか、それが爆発だったと気付いたときにはロビーの入り口は瓦礫で埋まっていて脱出は不可能になっていた。……閉じ込められてしまった。それを認識して言いようのない不安に襲われる。辺りを見回すとわたしと同じようにお客さんが十人ほどいて、女の人が泣いているのも見えた。隣の彼氏と思われる人に慰めてもらっている。わたしはそれを見てなんとなく心細くなったけれど、何とか落ち着いてきたのでふらふらと立ち上がった。手に持っていたはずの携帯を探そうと思ったのだ。遠くでまた、爆発音が聞こえた。

 見つけたそれは電源は落ちていたけれどすぐに再起動できた。ほっとして、とにかく助けを呼ぼうと電話のアイコンを押そうとしたところで、着信が十件以上来ているのに気がついた。誰だろうと画面を開くのとほとんど同時に、今度は本物の着信が来た。――白馬くんだ!


「も、もしもし白馬くん?!」
『! よかった無事でしたか…!』
「白馬くん今どこ?!なんかビル大変なことに、」
『ええ、わかってます。今、ロビーの非常口の前にいますから』
「え?!」


 きょろきょろ見回し、上の蛍光灯が光る赤い扉を見つけて駆け寄った。扉は瓦礫で塞がれてはいなかったけれど、ひどく歪な形をしているようだった。それに手を置き、おそるおそる向こう側と、反対に持った携帯と両方に向けて呼びかけた。


「は、白馬くん」
「はい、」


聞こえた。携帯越しにも、この扉の向こうからも、白馬くんの声が聞こえた。はあ、と息を吐いた瞬間目が熱くなる。一人じゃないことにほっとしたのだ。携帯を持つ手で涙を拭う。


「ここまでは何とか瓦礫の隙間を抜けて来られたんですが……どうやら爆発のショックでドアが変形してしまったらしく、開けることができないんです」
「うん…うん、大丈夫。来てくれただけで心強い」
「……」


 白馬くんが来てくれてよかった。こんな非常事態に一人でいる孤独感は尋常じゃない。白馬くんはわたしが泣いてるのに気付いてしまったのか、何も言わずにそこにいてくれるようだった。何て言えばいいのか戸惑っているのが扉越しに伝わってくる。「…大丈夫ですよ、助けは必ず来ます」少し間を開けてそう言った白馬くんに頷く。


「そうだよね、白馬くんがここまで来れたってことは、大人の人は来れるってことだもんね」
「……だといいんですが」
「?」
「ここに来るまでに下の方から何度か爆発音を聞いたので、もしかしたら道が塞がれてしまっているかもしれません。レスキュー隊にはここに人がいることは伝えたので優先して救助に向かってくれているとは思いますが」
「そうなんだ……え!てことは白馬くんももう外に逃げられないってこと?!」
「確かめていないのではっきりとは言えませんが、おそらくは」


「そ、そんな…ごめん…」謝ると彼は優しく慰めるように、それは気にしなくていいと、むしろ遅れてすみませんでしたと言ってくれた。約束の時間のことかな。それは、全然、いいんだよ、ちゃんと遅れるって連絡してくれたし、そんなの全然……。
 ……ああ、来てくれただけでも嬉しいけど、やっぱり顔が見たいなあ…。思って、ドアに置いた手をぎゅっと握った。すると向こう側の白馬くんが、柔らかかった声音を変えて真面目そうに「ところで」と切り出した。


「ロビーの中にアタッシュケースやトランクのような、変な物はありませんか?」
「変な物?んー…ちょっと待って」


 ロビーの中心に行き、辺りを見回す。パッと見他のお客さんたちのほうには何もなさそうだった。あとは……。右方向を向くと、壁沿いに置かれた赤いイスの裏にピンク色の紙袋に入った何かを見つけた。紙袋はこのビルのものだけれど、イスの後ろに置いてあるというのは明らかに不自然だ。まるで隠してるみたい。イスをどけて中を見てみる。四角い鉄製の箱のようなものだった。大きさは結構あるし、小さい窓に時計がついている。それに注目しながら、携帯に耳を当てる。


「何か箱みたいのがあったよ。結構大きいし、すごく重そう。あとデジタルの時計みたいなのがついてる」
『! 気をつけてください、それは爆弾です!』
「えっ?!」


 思いっきり声を上げてしまい思わず口を隠す。周りの人たちはさっきから積極的にうろちょろしてるわたしのことを訝しげに見ていたけれど、ここから少し距離のある非常口の白馬くんの声は聞こえなかったようだ。


さん、時間は?』
「えっと…四十二分七秒だよ」
『となると、十九時に合わせてるようですね』
「…ねえ、これどうすればいい?」
『とりあえずこちらに持って来てもらえませんか?一般客に不容易に触られるとまずいので』
「わかった。持ってく」


『振動感知装置はついていないようですが、気をつけてくださいね』白馬くんの口振りからして、彼はこれについて何か知っているみたいだった。とりあえず携帯をポケットにしまい、両手でそれを持ち上げる。やっぱり重い。これ、爆弾なんだ……。思うと手が震えてくるけれど、慎重に、なんとか時間をかけて非常口の前まで持ってくることに成功した。


「持って来たよ白馬くん」
「ありがとうございます。爆弾処理班もこちらに向かっているみたいなので、しばらくここで待ってみましょう」
「うん」


 ドアに向いて座り込み、ほっと息をつく。チッチッと隣で秒を刻む音がして少しも安心できないけれど、少なくともあと40分は時間があるのだ。それまでに、……レスキュー隊も爆弾処理班も、初めて生で聞いた言葉だ。わたしがそれを待つ側の人間になるなんて、人生は何が起こるかわからないなあと思う。

 向かいの赤い扉を見て思い出す。さっきまで会っていた紅子ちゃんのことだ。紅子ちゃんはお昼に会って早々、今日はわたしによくないことが起こると言っていた。そんな予言みたいなことを言われたのは初めてだったけれど、聞いてみると紅子ちゃんはもともと占いが得意なのだそうだ。確かに彼女のミステリアスな雰囲気は占いとかに縁がありそうだし、わたし自身そういうのは結構信じるたちなのですぐに納得した。気をつけるねと言ったあとも別れ際、紅子ちゃんはせめて白馬くんが来るまで一緒にいると言ってくれたけれど、彼女にも夜に用事があることを知っていたので大丈夫と言って断ったのだった。
 紅子ちゃんの占いは大当たりだった。でも、今日の約束を蹴ってまで帰るなんて選択肢はわたしにはなかったし、一緒にいてくれると言った紅子ちゃんが閉じ込められなくてよかったと思うから、こうなったのは仕方なかったんじゃないかなと思う。もし今一緒にいてくれたら絶対、白馬くんと同じくらい心強かったと思うけど、ね。
 自分でもよくわからない、安堵でも疲労でもない溜め息がもれた。


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