「ガーデンパーティ?」


 電話口から聞こえた単語をそのまま復唱する。またもや耳慣れない言葉だ。白馬くんと話してるとそういうことがよく起こる。親しくなって結構経つと思うけれど、彼のおしゃれな生活には未だに驚かされるのだ。慣れたことのように、ええ、と答えた白馬くんはついこの間、ようやくロンドンでの事件が片付いて日本に帰ってきたばかりだった。


『元は父への招待だったんですが、あいにく多忙らしいので。代わりに出席させてもらうことにしたんです』
「へえ……でもそれ、全然関係ないわたしも行っていいものなの?」
『もちろん。招待状には同伴者歓迎とありますし、問題ないですよ』
「そっか、じゃあ行きたいです!」


 誘ってもらったのは森谷さんという建築家の家で開かれるアフタヌーンティーのガーデンパーティだった。ガーデンパーティなんてなかなか経験できないことだし、せっかく白馬くんが誘ってくれたんだからぜひ行きたい。白馬くん曰く森谷さんというのは有名な人らしく、わたしは名前を聞いても顔すら思い浮かばないけど、建築家というからにはきっとすごいお家なんじゃないかと勝手に期待している。携帯の向こうでクスクスと笑う白馬くんはそれから、「よかった。では今度の日曜日、十四時に迎えに行きますね」と言い、挨拶の応酬のあと通話を切った。わたしも携帯から耳を離し、側面のスイッチをカチッと切る。部屋の壁に掛けてあるカレンダーに目をやり、今週の日曜日があと三日後にやってくるのを確認した。
 一階に降りお母さんにそのことを話すとそれじゃあ綺麗な服で行かなきゃねと言われた。そっか、ドレスコードなのか。白馬くんの住む世界はやっぱりゴージャスだなあ。





 午後二時五分前、乗用車の後部座席から降りた白馬くんにエスコートされ乗り込んだ。運転席に座るばあやさんによろしくお願いしますとの挨拶をすると笑顔で会釈を返される。第一印象では怖そうな人だと思ったけれど、何度か会ううちにその意識は取り払われた。隣に座った白馬くんがパタンとドアを閉めると、「それじゃあ頼むよ」「かしこまりました」ガコガコとギアを動かし、目的地へと発進したのだった。


「素敵なネックレスですね」


 車が動き出してすぐ、何となく白馬くんにそう言われた。一瞬何のことかと思ったけれどすぐに合点がいく。今首につけているこれのことだ。触って形を確かめる。金色のチェーンに小さな白い星の下がったネックレスは、持っているアクセサリーの中でもお気に入りの一つだった。それに加えて、今日これをつけて来ようと思ったのにはもう一つ理由があった。自慢するようにネックレスを引っ張り、白馬くんに見せる。


「今月ラッキーカラーが白なの。だからこれにしたんだー」
「なるほど。よくお似合いですよ」


 わあ。そんな綺麗な笑顔で言われたんじゃ照れないわけがない。あ、ありがとう、となんとか返し、目を見てられないので俯いた。


「そ、そうだ、白馬くん、当分はこっちにいられるの?」
「ええ、もう向こうで抱えてる事件もありませんし、これからは日本に腰を落ち着けられそうです」
「おおー」


 それは嬉しい!と言ったら不謹慎かもしれないので言わないでおく。白馬くんは江古田に来たときから日本を活動の中心にすることを決めていたらしくて、その理由はもっぱら怪盗キッドなのだ。そりゃー白馬くんは高校生探偵だから広く事件の捜査に携わっているけれど、日本に戻って来たそもそものきっかけがキッドだったらしいし、もしかしたらキッドを捕まえたらまたイギリスに行ってしまうかもしれない。それは嫌だなあ、と常々懸念しているのだ。
 白馬くんはすごい探偵だから、キッド逮捕の到来ももうすぐかもしれない。でも、いつ起こるかわからないことを考えてもしょうがないし、それまでわたしは思う存分白馬くんと会えたらいいなと思う。


「じゃあさ、今度遊ぼう!あ、映画見に行こうよ!」
「いいですね、いつにしましょうか」
「うーん来週の日曜……あ、でも紅子ちゃんとお昼会うんだ」
「僕はそのあとでも構いませんよ?」
「ほんと?じゃあ二十二日に!夕方の六時とかでも大丈夫?」
「ええ」


 にこりと笑って頷いた白馬くんに笑い返す。すごいぞ、休日に紅子ちゃんと白馬くんどっちにも会えるなんて、豪華すぎる。二十二日が楽しみで仕方ない。
 車がとある豪邸の前で停まったのは午後三時十五分ごろだった。それまでティーパーティのことをすっかり忘れていたわたしは最初、ん?と素で呆けたけれど、白馬くんがばあやさんにお礼を言って降りようとしたところでハッとした。慌ててハンドバッグを掴み、わたしもお礼を言って彼に続いた。
 門の入り口では二人の警備員さんが立っていて、スムーズに招待状を見せる白馬くんの横に並んで通り過ぎた。短い石の階段を上がり、改めて正面の豪邸を仰ぐ。何階まであるんだろう。すごいお家だろうとは思ってたけど、想像以上に豪邸だった。なんと正面には噴水まで見える。


「生でこんな大きいお家見たの初めてだ……」
「さすがは森谷教授ですね。見事なまでのシンメトリーだ」
「え?」


 白馬くんに言われてよく見てみると、「わ、ほんとだー……」このお屋敷、いいや庭も含めて、ぜんぶ左右対称になっているではないか。植木までそうなんだからすごい。これは生半可な気持ちじゃ造れないし維持もできないだろう。白馬くんの口振りからして、これが森谷さんという建築家のスタイルなのだろうか。


「白馬くん、建築にも詳しいんだね」
「それほどでもありませんよ。森谷教授は僕と同じでイギリスにゆかりがあるので、それで元々少し興味があったんです」


 屋敷に向かって歩きながら話す。イギリス?と首を傾げると白馬くんは頷き森谷さんについて説明してくれた。高校までイギリスで暮らしていたこと、そこでの建築に心酔し、シンメトリー様式へのこだわりが特に強いこと、この邸宅もちょっと昔のイギリスの建物を意識して作られていること。それらをスラスラとしゃべる白馬くんの知識量に驚かされつつ、だからお父さんに代わって出席しようと思ったのか、と納得した。

 お屋敷の入り口付近まで来たところで、向かい側から歩いてくる人影に気が付いた。背の高い男の人だった。


「ようこそいらっしゃいました。初めまして、森谷帝二です」
「初めまして、白馬探です。今日は父が来られず申し訳ありません」
「ああ、あなたが白馬警視総監の息子さんですか……。お話は聞いております。こちらこそ急なお誘いで申し訳ありませんでした。こちらの方は?」
「高校の友人のさんです」


 二人の会話を呆然と聞いていたため急に振られて驚いた。「あっ、き、今日はよろしくお願いします!」バッと勢いよくお辞儀をすると、ネックレスのチェーンが顎に当たった。


「はい、ぜひ楽しんでいってくださいね。では、どうぞこちらへ。パーティは中庭でやっております」


 顔を上げると森谷さんは朗らかな笑顔を浮かべていた。優しそうな人だ。彼に案内され、わたしは白馬くんのあとをついて行くように屋敷内に踏み入れた。


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