へえー…と声を漏らしながら、切り離された雑誌のページを斜めに読んでいく。わたしたちは白馬くんたちと別れ清水寺と三十三間堂に行ったあと、今は休憩がてら甘味屋さんに入ったところだった。そして屋内の案内された席に着くなり、さっき白馬くんと何を話していたのかを聞いてみたのだった。すると和葉ちゃんはちょっと言いづらそうに(というより照れているようだった)、服部くんの初恋の人の存在と、そのことについて白馬くんに頼んだことを教えてくれたのであった。
なんでも、和葉ちゃんがそのことを知ったのは彼から直接ではなく、雑誌のインタビュー記事を読んだからなのだそうだ。彼女は数ページを切り取ったその雑誌の一部をカバンから出してテーブルに広げてみせ、わたしはそれをぱーっと読んでいたのである。


「関西でめっちゃ人気のある情報誌でな?この本で平次、初恋について聞かれてて…「小学校三年生のときに会うた、ちょっと年上の女の子」って答えてんの」


服部くんが関西で有名な高校生探偵で、取材を受けたこともあるというのは三月にも聞いたことだった。彼女が指差した部分に目線を移し、冒頭から読んでいく。確かに彼女の言う通りのことを服部くんは答えていた。和葉ちゃん曰く、彼は京都に来るたびその女の子を探しているのだそうだ。よほど思い出深いのだろう、初恋とは得てしてそういうものなのかもしれない。自分を顧みてみるもロクに人の顔が思い浮かばないので共感はしかねるけれど。「しかもその女の子にまつわる大切な品や言うて、わざわざこんな写真まで撮らしてんねんで?!」彼女が再度指差した先には、にっこりと笑った服部くんが、何か小さな玉を持った写真が載っていた。じっと見てみるが、何かと聞かれたらパチンコ玉としか答えられない物だ。


「…これなに?」
「ただの水晶玉。その女に貰たんとちゃう?」


「へえ、水晶玉…」そりゃー変な形してるし、ほんとにパチンコ玉とは思ってなかったけれど、水晶玉と聞いて一気に貴重な品物に思えてくるのは気のせいだろうか。何となく次のページを開いてみると、また服部くんの写真が載っていた。今度の彼は随分あどけない笑顔を見せていて、下に書いてある説明には小学三年生の平次君とある。よく見ると竹刀を背負って、剣道の道着を着ているようだ。


「わー可愛いねー」
「そうやろー?!この頃の平次めっちゃかわ……。…ちゃん、そういう問題とちゃうんやけど…」


そうだった。にしても小さい服部くんも可愛いけど、和葉ちゃんも可愛いなあ。ほっぺを赤くしてそっぽを向く彼女ににやにやしてしまう。
二人を見ていると、何も心配することないんじゃないかなあと思う。だって服部くん、今は和葉ちゃんがすきだと思うし、和葉ちゃんも服部くんがすきなんだろうし(両者とも認めてはいないけれど)、絶対両想いだと思うのだ。だから、たとえ服部くんに初恋の人がいたとしても、そんなの、どうってことないんじゃないかなあ。


「…あーもう、こんな辛気臭い話やーめた。それよりちゃん、ぜんざい食べへん?」
「う、うん」
「おばちゃーん、ぜんざい二つ!大急ぎで頼むねー!」
「……」


でも、そうだね。服部くんにとって初恋というものがとても大切なら、それを和葉ちゃんにあげてほしかったと、思うよ。

ぜんざいを食べているうちに和葉ちゃんの服部くんへの気持ちは怒りに変わっていったらしい。「ほんま平次、せっかくのちゃんと白馬くんのデート邪魔しよってなあー」「んん?」お餅を口に含んだまま思わずリアクションを取ってしまう。それに和葉ちゃんは目をぱちくりさせたけれど、それはこっちの方だよと言いたかった。もぐもぐとすぐに咀嚼して、彼女と目を合わせる。


「デートちゃうのん?」
「ち、がうよー…さっき言ったまんまだよ」
「白馬くんの捜査について来たっちゅー話?でもついでに京都見物するつもりやったんやろ?そもそも二人で旅行の時点で、」
「わーわー!違うから!白馬くんとわたしは友達なの!」


続きを言わせまいと騒いで遮る。すぐにかっかと火照って、顔が赤くなってるのが自分でもわかった。「でもちゃん、白馬くんのことすきやん」言ってないはずなんだけどなあ、と思いつつ和葉ちゃんに隠さなきゃいけないことでもないのでそれには小さく頷く。でもそれはそれ、これはこれだ。わたしが白馬くんをすきなのと、白馬くんとの京都見物がデートになるのは別問題だ。デート、デートって……。だめだ、考えるのやめよう。


「か、和葉ちゃんこそ、服部くんとどっか出かけたりするでしょ?」
「あたしの場合はホラ、ほっとくと平次すぐ無茶すんねん。せやからお姉さんとしてな」
「わたしもそんな感じ!」
「なんで意固地になってんのん。ええやん、ちゃんと白馬くん、お似合いやと思うで?」


「あ…わ、わ……」そんな風に言われたのは初めてだ。恥ずかしくて冷静に答えられない。和葉ちゃんはお世辞とかを言ってるわけじゃない、それはわかる。わかるからこそ、恥ずかしい。俯き、ぎゅっと目をつむる。

嬉しくてたまらないのだ。


「ありがとう…」


やっとのことで返すと、和葉ちゃんはにっこりと笑った。


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