まず訪れたのは西洞院通を北に上って行ったところにある五条天神だ。門をくぐり境内に入ると、すぐ正面に拝殿が構えている。そこまで大きな神社ではないらしく、見て回るには都合のいい広さではあった。「義経記では、五条大橋やのーてここで二人が会うたことになっとる」そう説明する服部くんに相槌を打ちながら、絵にあった天狗やドジョウを思い起こし境内の中を見回す。彼も四つ折りのそれをポケットから取り出し確認しているようだった。


「…やけど、特に共通するモンはないな」
「そうみたいですね」
「ほな次行こか」


紙をしまい、再び門に戻る彼に続いて足を向ける。しかし三歩ほど歩いたところで、「けど意外やなあ」と、なぜか不服そうに立ち止まった。目を瞬かせ、彼を見遣る。振り返った、やたら白けた目と合った。


「何がですか?」
「自分んことやから、「せいぜい足を引っ張らないでくれたまえ」くらい言うかと思っとったわ。今日は随分大人しいやんけ」


…ああなんだ、そんなことか。肩をすくめ、正直に答える。


「君の推理力と勘の良さは前回の件で認めるに足りると判断したので」
「ほお?」
「もっとも、野蛮な行動は控えていただきたいとは今でも思っているから、よろしく」
「……ハハ、そら気を付けるわァ…」


彼が引きつった笑みを浮かべたので、それならいいと横を通り抜ける。この間の一件は、それまで話に聞いていた高校生探偵の服部平次という男の印象を良くも悪くも変化させた。単に失望させられたわけではなく、予想以上に探偵として有能であることが証明されたという認識も持っている。犯人を突き止めるため一芝居打つ芸当ができるとも、あのときまでは思っていなかった。確かに父が褒めるのも頷けるし、さすがは大阪府警本部長の息子だと素直に思えた。
しかしやはりあの野蛮な行動は認めることはできないし、その部分においては今後の自分の参考にもならないだろう。彼に対しての評価は今のところその程度だ。今回も同じ事件を捜査していると知ったときも、足を引っ張るとは思っていないがある種の懸念があったことは認めよう。

後ろからついて来ている彼に次はどこへ行くのかと問えば、「弁慶石やな」と即答された。……懸念はあったものの、しかしやはり地の利のある彼と行動を共にするのは正解だった。捜査のために連れ回してさんの時間を無駄にすることにもならずに済んだし、彼女は和葉さんと京都見物を楽しんでもらえるのなら誘った甲斐があっただろう。

京都に行くと決めたとき、どうせなら彼女と行きたいと思ったのだ。しかし捜査をないがしろにすることは出来ず、こんな中途半端な目的で連れ出したことに少なからず罪悪感を抱いていた。それが、本来達成されるべき観光という目的を彼女が楽しめることになって、僕の気持ちはいくらか軽くなっていた。絵の謎が解け、事件解決の糸口さえ掴めれば残りの時間は彼女といられるだろう。予定外の別行動になっても、やはりまだ、彼女を誘ったことに後悔はしていなかった。





弁慶石というのは縦一メートルほどある大きな岩だった。弁慶がいつも座っていた石だとか比叡山から投げた石だとか、様々な伝承があるのだそうだ。三条通の街中に飾られているその石の周りを確認してみるも、やはり絵と共通するものは見つからなかった。「次行こか」すぐに服部くんも無関係と判断したらしい、踵を返す彼に続く。「次はどこですか?」「蹴上インクラインやな…お?」彼から目を離し進行方向に向ける。通りの反対側に置いたバイクの前に、見覚えのある人物が立っていたのだ。思わぬ登場に目を見開く。


「綾小路警部じゃないですか」
「誰や?」
「…。初めまして、京都府警の綾小路どす」


仰々しく胸ポケットから取り出し警察手帳を開いた彼は、源氏蛍連続殺人事件のために三府県警の合同捜査の担当をしている刑事だ。東京で捜査報告書を見せてもらった際一度顔は合わせている。しかしその刑事が僕らにわざわざ何の用なのか。態度があまり友好的に感じられないところから、面白い話をしようとしているのでないことはわかる。


「源氏蛍の件でいろいろ調べてるみたいやけど、ここは大阪や東京と違います。素人は首突っ込まんことやな」


そう言って僕らに指を向ける彼。なるほど、縄張り意識ですか。表情には出さず得心していると、彼のジャケットのポケットが動いたように見えた。なんだ?視線を落とす、と同時にそこから出てきたのはなんと、小さなシマリスだった。思わず口をぽかんと空けてしまう。身軽なシマリスはすばやく綾小路警部の体を登り、僕らに向けた人差し指まで辿り着く。すると彼はこれ見よがしにそのシマリスを撫でたと思ったら、「よろしおすな」そう言い残して去って行ったのだった。無意識に彼の後ろ姿を目で追うと、近くで服部くんは物珍しげに呟いた。


「どこにもけったいな刑事はおるもんやな…」
「ああ…僕もイギリスでは鷹を現場に連れて行くことはあったが、シマリスはさすがに…」
「…自分も負けとらんで」
「は?」
「なんも。蹴上行こか」


呆れた眼差しをこちらに向ける彼に聞き返すも雑に流されてしまった。「おい、どういう意味だ」食い下がるも返答は得られず、不服に思いつつ仕方なくバイクにまたがるのだった。


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