「あんな、…白馬くんに頼みたいことがあってん」


彼らに背を向け、潜めた声の彼女がおもむろにそう告げた。頼みたいこと?聞くと恥ずかしげに頬を赤くした彼女は小さく頷いた。
彼女が言うには、服部くんには小学三年生のとき京都で一度だけ会った初恋の少女がいるのだそうだ。そして彼は京都に来るたびその人を探しているとのこと。さすがに想定外な話に目を丸くする。そして同時に、彼女が何を言わんとしているのかがわかった。先月の偽テレビ企画の一件のあと、さんが話していたこの人の印象を思い出す。


「せやから、調べとる最中にその人見つけたりしたら、教えてくれへん?お願い!」
「ええ、わかりました。ですが…」


推測は当たった。幼なじみの彼女は、服部くんのことをとても大事に思っているらしい。そしておそらく彼も…「えー!!」言葉を続けようとしたそのとき、後ろの方でさんの絶叫が聞こえた。思わず和葉さんと同時に振り返る。さんは服部くんと何やら話をしているようだ。慌てた様子の彼女ときょとんとした表情の彼が確認できた。和葉さんがわずかに顎を引く。


「…まさか、ちゃんが…」
「彼女が京都に来たのは中学の修学旅行が初めてと言ってましたよ」
「え!そ、そか!やあ、疑ってしもて、ごめんなあ、あはは…」
「いえ、それくらい彼が気になるのでしょう」


新幹線内で聞いたことを教えると申し訳なさそうに謝る和葉さん。ちゃんと話すのは今日が初めてだったが、明るい彼女の性格は好感が持てた。こんなに想ってくれる女性がいるとは、君も見かけによらず罪な男だ、服部くん。先ほど続けようとした言葉を再度口にする。


「ですが、心配することはないんじゃないでしょうか」
「え?」
「初恋の人が誰であっても、今彼と一番親しいのは和葉さん、あなたでは?」
「…や!嫌やなあ白馬くん、あたしはべつにそういう意味で言ったんちゃうから!」


今度は慌てて手を振る彼女を微笑ましいなと思う。「と、とにかく、頼むね」それに小さく頷き、二人の元に戻った。

さんと和葉さんを見送ったあと、予想していた通り彼女との会話の内容を服部くんに追及されたが適当にかわしておいた。急ごうと催促すれば彼は不服そうに、渋々といった具合に了承しここまで引いてきたバイクへ足を向けた。投げ渡されたヘルメットを受け取るが、ぶつくさと言い訳を垂れる彼には溜め息を禁じ得ない。


「べつになあ、どうしても気になるーゆうわけやないけどなあ、」
「…君、一人前に嫉妬する前に我が振りを直した方がいいんじゃないかい?」
「は?!べ、べつに嫉妬ちゃうわ、アホ!!」


和葉さんもわかりやすかったが、彼も大概だと思う。しかし残念ながらこの件に関しては君は四面楚歌だろう。和葉さんが僕に話してさんに話さない理由がないし、なにより女性を不安にさせる君がいけない。「まあいいさ。この話はここまでにしよう」けれど深く首を突っ込むつもりもなかったため、その意味も込めて言うとしかし彼は余計に顔をしかめたようだった。


「やっぱ自分腹立つわ……ほんまあの姉ちゃんの気が知れん」
「それはどうも」
「…ハ。やっぱわかってんねな」
「まあ、それはね」


今度はこちらの話になったらしい。ヘルメットを被りバイクにまたがる彼に適当に肯定しておく。
彼の言いたいことはわかっているつもりだ。さんが僕をどう思っているか、ここまで来てわからないほど鈍感ではない。自惚れと罵るのは結構だが、これは様々な根拠に基づかれた結論だ。「そらーあんだけわかりやすかったらなあ」乾いた笑みを浮かべる彼を一瞥し、ヘルメットを被る。随分と棚に上げた物言いだ。


「君に口出しされる筋合いはないよ」


暗にこの話もここでやめにしようとの意味を込めたつもりだったのだが、後部シートにまたがるとそのタイミングで彼が振り返った。やけに疑るような目つきだ。


「まさか、泊まるとこ同じ部屋とかやないやろな…?」
「何を言うんだ君は」


呆れて物も言えない。


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