なんとついに白馬くんにも連絡がつかなくなってしまった。和葉ちゃんの携帯と同じようにスピーカーからは「電源が入っていないか電波の届かないところにいます」と女の人の声が流れてくる。嫌な予感はさっきからしていた。これはいよいよ、和葉ちゃんも白馬くんたちものっぴきならない何かに巻き込まれてるとしか思えない。三月の偽番組事件のときと同じ焦燥感に駆られる。でもあのときと違って、今は一人だ。どうしよう。携帯をぎゅうと握りしめる。

梅小路病院のエントランスにはかれこれ三時間近くいる。このままここにとどまっていていいのか。現に今までいて状況はよくならなかったどころか悪化したじゃないか。何か行動に移すべきだ。でも、三人が行った場所に当てもないのに、どこに行けと。
山能寺に行けばまだ何かわかるかな、ととにかく立ち上がり病院をあとにする。さっき電話したときは白馬くんたちは外にいる感じだった。行き先を寺の誰かに伝えてたらそれが一番………。
ぴたりと足を止める。……いいや、あのとき、携帯の向こうで、服部くんが言ってた。なんだっけ、なんかかっこいい名前だった。……りゅう……ぎょくりゅうじ!

それだ!思わずパンッと手を叩く。ぎょくりゅうじ、そこが目的地なんじゃないか。急いでインターネットで場所を調べる。漢字は検索候補で出てきた。鞍馬山、そういえば昨日服部くんが最初に襲われたのも鞍馬寺だと聞いた。いよいよ濃厚だ。そこに行ってみる価値は、ある。わたしは決心し、駆け出した。





「…あ!」


京都駅でタクシーを拾い鞍馬寺まで運んでもらいながら調べたところによると、玉龍寺は今は廃寺になっているらしかった。道順をなんとなく確認し、お金を払い車から降りる。と、鞍馬寺への入り口に意外な人物の姿を発見した。心強い助っ人だ。なんだっけ、なんか由緒正しそうな名前の…。


「あの、刑事さん!」


やっぱり思い出せなかったので誤魔化して呼び掛ける。すぐに自分のことだと気付いた彼はわたしに振り返った。駆け足で近付き、「助けてください!」無我夢中で叫ぶと澄まし顔の刑事さんが訝った。


「白馬くんと服部くんと連絡が取れないんです!あと和葉ちゃんもずっと…」
「落ち着いてください。どういうことですか?」
「えっと、あの、」


言われてやっと自分が落ち着いていないことに気が付いた。ええと、だから……。ごちゃごちゃした頭の中の整理には時間がかかる。「…わ、わたし白馬くんの友人で、服部くんの病室にいたんですが、」ものすごく初歩的な自己紹介から入ると、はい、と相槌が返ってくる。絶対見えてないと思ってたけれど、もしかしたら刑事さんは今朝の時点でちゃんと認識してくれていたのかもしれない。えっとそれで、……駄目だまとまらない。ええいこうなればと、刑事さんの理解力に丸投げすることにした。一から全部話してしまえ。二人が源氏蛍の事件について昨日から調べていたこと、あの絵は仏像の在り処を示すもので山能寺から依頼を受けたこと、今朝一人行動をしていた和葉ちゃんと連絡が取れなくなったこと、おそらく仏像の在り処は玉龍寺だということ、そして白馬くんたちとも連絡が取れなくなったこと。だいぶ掻い摘んで話してしまったけれど刑事さんは要領よく整理してくれたらしい。その上で、「そら当然ですわ」と答えられた。へ?目を見開く。


「鞍馬山の奥は圏外です。繋がらなくて当然です」
「……で、でも、まだ繋がらないし、何かに巻き込まれてるのかも」
「…ああ、私らも昨日服部少年が襲われたゆうここの捜査に来たんやけどな。わかりました。捜索隊を向かわせます」
「…!ありがとうございます!」


あと和葉ちゃんも探してくださいと頼み、刑事さんが頷くや否や踵を返す。鞍馬寺の正面から入るより裏から登った方が玉龍寺には近いと書いてあった。後ろで刑事さんの声が聞こえた気がしたけれど、もう辺りは暗い、急がなければと足を前へ前へと動かした。





「そうやろ?西条大河さん。…いや、武蔵坊弁慶っちゅーた方がええかもしらんな」


犯人と対峙する服部くんが確信と共に述べる。日は完全に沈んでいた。鞍馬山の奥、松明が門から本堂への参道を灯していた。
約束の時間通り彼が玉龍寺の門をくぐると、待ち構えていたのは和葉さんを拘束した犯人と思わしき人物だった。道着に翁の面をつけている長身のその者は腕に小手を巻き腰に二本の刀を携えているようだった。昨夜服部くんを襲った犯人の人物像とほぼ一致している。それを僕よりわかっている服部くんは水晶玉を見せ、堂々と一連の事件の推理を披露していった。

彼の呼びかけに、犯人が翁の面を外す。現れた顔は推理通り、古書店店主の男のものだった。
彼が犯人だというのは早い段階からわかっていた。西条氏が弓道の経験があることを隠していたからだ。彼は水尾さんの家で座布団に座り直す際、右足を半分引いて正座していた。それは「半足を引く」と言って弓道などでする動作だ。加えて「矢枕」という言葉を口走った点。矢枕は文字通り矢の枕、弓を射る際、矢を乗せる左手親指甲の第二関節のことだ。そんな言葉を知っていて弓道をやっていないと言われても、それこそ信じられないだろう。
彼の口から語られた犯行動機は、独り占めした仏像の金を使い洛中に義経流の剣道場を作ることにあった。玉龍寺は元首領の義経が住職をやっていた寺で、廃寺になってからはここを道場として使っていたが、それが三か月前の義経の死がきっかけでもうすぐ使えなくなるのだという。


「さあ、おしゃべりはもうお終いや。その水晶玉を渡してもらおか」
「渡す代わりに和葉を離せ!」
「ええで。仏像の隠し場所教えてくれたらなあ!」


外では控えている門弟らが境内へ乗り込もうと構え直す。そろそろか。仏像はまだ見つかっていないのは不幸中の幸いだろう。あとは彼との手筈通り。


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