外はだんだんと夕焼けがかっていた。境内に入り軽く辺りを見回すが、雰囲気こそ違えど昨日見てきた寺社と別段違うところは見当たらない。ここを仏像の隠し場所にするには何らかの理由があると思ったが…点の位置は謎掛けを作った上での偶然の産物だったのか?「ほんまにここに仏像が隠してあるんか?」同様のことを服部くんも思ったらしい。謎掛けの答えとしては何かしっくりこない。
顎に手を当て推理の過程を洗っていると、突然携帯が鳴った。ジャケットの内ポケットからそれを取り出すと、画面に表示された名前はさんのものだった。「もしもし?」『あ、もしもし』遠慮がちな声音に若干の違和感を覚える。


『あのさ、和葉ちゃんそっち行ってない?』
「和葉さんですか?いえ…。はぐれてしまったんですか?」
『え、ううん!というか来なくて…電話しても繋がらないからさすがに心配になっちゃって』


まだ合流できていない?それは確かに妙だ。さんが山能寺を発ってから優に二時間は経っている。和葉さんが朝どこへ出掛けたのかはわからないが、この時間まで戻って来ないというのは…。「わかりました。服部くんに聞いてみますね」『うん、おねが、』「白馬!玉龍寺や!」彼女の返事と重なって、服部くんの大きな声が割り込んでくる。いつの間にか寺の外に出ていたらしい。通話口を隠し、駆けて戻ってきた彼を見遣る。


「玉龍寺?」
「ああ。そこにその石碑があってん、絵の点はあれのことやないか?」
「…なるほど…。ところで服部くん、和葉さんから連絡は来ていませんか?」
「あ?来とらんけど。あいつがどないしたん」


彼女が行方不明の旨を伝えると、彼も訝しみ携帯を確認したがやはり連絡は入っていないようだった。


「すみません、服部くんのところにも来ていないようです」
『そっかーどこ行ったんだろ…。和葉ちゃんの携帯GPSとか付いてればよかったんだけど』
「携帯の充電が切れてしまった可能性もありますし、さんはもうしばらくそこで待っていてもらえますか?」
『うん、そのつもりだよ。ごめんね仕事中に』
「いえ、では」


通話を切り、しばらく画面を見つめる。今何か、ヒントを掴めそうな気がしたのだ。携帯……GPS…位置情報サービス?……そうか!
凶器の処分方法がわかった。念のため現場に行って確認したいところだが…。思いながら服部くんに目をやると、先ほどは和葉さんに電話を掛けていたようだったが、今は何やら携帯を操作しているらしかった。


「あったで、玉龍寺は鞍馬山や!」


なるほど、玉龍寺の位置を調べていたのか。鞍馬山ということはここから北に上る方向、僕の行きたい場所に寄っても時間はそこまで食わないだろう。和葉さんへは繋がらなかったがメールで連絡は入れておいたという彼に、携帯をしまいながら申し入れをする。


「服部くん、玉龍寺へ行く前に確認したいことがあります」





犯人の手口はこうだ。納戸で桜氏を殺害したあと、凶器を迷子や盗難防止のために使うGPS端末と一緒にペットボトルに入れ窓からみそぎ川へ投げ捨てた。下流へと流れていったそれを、事情聴取が終わったあと警備会社のホームページにアクセスし端末の位置を調べ回収。同じ短刀を用い服部くんを襲撃した、という流れだ。


「なるほどな…そんなら窓近くの川捜索したところで見つかるわけあらへんなあ」
「ああ。そしてこれなら、一連の犯行が完全に彼単独で可能になる」


間違いない、犯人はあの人だ。現場にやってきた僕たちは桜屋の地下のガラス窓の大きさとみそぎ川の位置関係を確認し、確信する。と、隣でフフンと鼻で笑う声が耳に入ってきた。このタイミングで一体何だ。不審に思いながらそちらを振り向くと、服部くんは勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。「ほれみい、千賀鈴さんは違かったやろ」…ああ、そのことか。まあそれはいいとして。


「彼女、そもそも本当に君の初恋の人なのかい?」
「ああ、間違いない。京都出身で歳も俺より二つ上や」
「しかし京都の子は皆あの唄を知っているみたいですし…」


決めつけるのはいささか尚早ではないだろうか。京都出身の十九歳の女性が何人あの唄を歌えると思っているんだ。それとも、そう確信できるほどの面影を彼女に見たというのか。…それはそれで、君がいいというなら口を挟むつもりはないが。やや呆れた眼差しで横目に見ると、しかし彼は何かひっかかっているらしく腕を組んだ。


「けど、一つだけ気になってん。さっき聞いた唄と俺が覚えてた唄の歌詞が一ヶ所違うんや」
「歌詞?」
「俺の初恋の人は、「姉三六角」を「嫁三六角」て歌うてたんや。なんでやろなあ」
「覚え違いじゃないかい?小学三年生のことなんだろう?」
「アホか!俺が間違えるはずないやろ…っと、電話か」


正直なところ彼の初恋が誰なのかは、興味がないのだが。しかし和葉さんにはどう伝えたものか…「和葉?」思案していた名前が上がり反射的にそちらを向く。音信不通だった彼女から連絡が来たようだ。しかしすぐに、服部くんの表情が険しくなる。相手に向かって叫ぶも、どうやら一方的に切られてしまったようだった。


「おい、和葉!和葉!」
「どうしたんですか?」


耳から携帯を離した彼に問う。深刻そうな表情のまま呟かれたその言葉に、思わず目を見開いた。


「和葉が攫われてしもた…」
「なんだって?!」
「一時間後、一人で玉龍寺に来い言うとる」


玉龍寺…?仏像が隠されている場所じゃないか。このタイミングでの犯行ということは、その相手は十中八九一連の事件の犯人だ。だとしたらもう見つけたのか。それで和葉さんを人質にとり水晶玉を……。


「とにかく、すぐに向かおう」
「、おお!」


ここから鞍馬山へは三十分もあれば着く。踵を返し、その場をあとに駆け出した。


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