大滝警部からの情報によると短刀の柄からわずかながらに桜氏と同じ型の血液反応が出たらしい。そしてついでに、夕方の弓矢の件も片岡八郎を射たものと同じ種類だったとの確認も取れたのだそうだ。これで服部くんを襲った翁の面は桜氏殺害の犯人と同一であることが確定した。考え込んでいる様子で、服部くんが腕を組む。電話で大滝警部に釘を刺されたらしい彼はしかし、少しも懲りてはいないようだった。


「ちゅーことはやっぱ、お茶屋での凶器の処分方法がわからんと話にならんな」
「しかしこれで、犯人が短刀を置いて行った理由はわかりましたね」
「ああ、外部犯の犯行に見せかけるためやな」


彼の答えに頷く。お茶屋で凶器の処分方法がなかった内部者に同じ短刀を使っての犯行は不可能。犯人は納戸で殺害をし凶器を持ち去った外部の人間、そういうミスリードを狙って犯人は容疑者から外れようとしたのだろう。残念ながらその思惑は上手くいかなかったのだが。「それに仏像もまだ見つかっとらんしな」テーブルに広げられた仏像の写真と例の謎の絵が京都市の地図の隣に並べてある。こっちも何か糸口が掴めれば……。
そういえば、鞍馬寺の逸話に天狗が出てきていたな。そこに何かヒントがあるかもしれない。可能性はしらみ潰しに当たっていくべきだ。そう思い、携帯のインターネットに検索をかけてみる。一番上に出てきたページを開き、牛若丸に教えを施したとされる天狗について調べていく。


「……あ、鞍馬寺の天狗、烏天狗なんですね」
「は?ああ…中世の天狗っちゅーのがそもそも烏天狗らしいからなあ」
「へえ…」


しかし最後まで読み進めるも気になった点といえばそれくらいで、絵にある他のモチーフのことも特には出てこなかった。これ以外は義経や弁慶のアプローチではないのだろうか。再び絵に目を落とす。この天狗が烏天狗を指すとしても、他のものは一体…。「この絵にある天狗と関係があるかと思っ、」…セミ……富士山、?そういえばどこかで…。「おい?」


「! まさか!」
「あ?」


バンッと勢いよく手をつきすぐさま絵と京都市の地図を前に持ってくる。これが烏天狗、それでこれがそれだとすると……いや、でも他のが当てはまらないか?「おい!」その声に顔を上げる。どうやら取っ掛かりが掴めた興奮で自分の世界に入ってしまっていたようだ。


「聞いとんのか!ほんま海外からのゲスト参加も人んこと言えんやろ…」
「…あ、すみません。もしかしたらこの描かれている絵、京都の通りを示してるのではないかと思ったんですが」
「京都の通り?」


ええ、と頷く。「連想ゲームの要領で。天狗は烏天狗から烏丸通、富士山は富の字から富小路通。セミはアブラゼミで油小路通、と…。しかし他の物から連想する通りが思いつかないので」地図を反転させる前に服部くんがこちら側に移動したので手間は省けた。思いついたのはそんな子供じみた手法だったが、不思議としっくりくるような気がしたのだ。改めて説明してもその直感は消えない。同様に感心の声を漏らす服部くんを横目に、更に思考を巡らせる。


「…あ、これは童謡のどんぐりころころで御池通…?」
「わかったで!一番上の五段目から五条通、四段目は四条通、そんでどんぐりは二条通と三条通の間の御池通を示してんねや!」
「なるほど…」
「その要領でいけば金魚のエサは麩ちゅーとっから麩屋町通やないか?」


五条油小路、五条烏丸、五条麩屋町。東西の通りと南北の通りが重なる十字路に印をつけていく。外れている気はしない。むしろ正解に近付いている感覚さえした。


「では、先ほどちらっと思ったのはニワトリの西洞院通です。干支の酉は方位でいうと西なので」
「あとはスミレとドジョウやな。スミレ…あ、春の小川で小川通やないか?」
「春の小川?」
「童謡や。ほんでドジョウは柳川鍋から柳馬場通やな」


なるほど、と素直に感心する。無駄なく結論を弾き出す推理力はやはり関西に名を響かせているだけのことはある。最後の小川御池、四条柳馬場を含めた八ヶ所のチェックが終わり、同じ色で描かれたもの同士を直線で繋いでいく。横に三本、緑の天狗同士を縦に一本。すると、ある漢字が浮き上がってきた。


「…王?」
「王がなんやねん?」
「…!点です、金魚とドジョウの間に…」


ちょうど絵と逆さになっている地図を交互に見比べ、位置関係を確認しながら点を打つ。すると、今度は「玉」の字に変わった。「玉はギョクと読んで宝石の意味もありますからね。…点の位置は…」それと重なる緑色の場所に注目する。


「…仏光寺?」


つまり、仏像はそこにあるということか。「よっしゃ!」ガッツポーズを決めた服部くんが隣で勢いよく立ち上がった。


「これでお宝は見つけたも同じや!はよ行くで!」
「ああ。…ところで君、水晶玉は持ってるかい?」


彼の剣幕に若干引きつつ立ち上がる。先ほど彼と大滝警部が通話していた間に考えた僕の推理が正しければ、この件は例の水晶玉がなければ話にならなかった。


「あ?持ってんで。それがどうしたん」
「いえ、ならいいです。説明は行きながらします」


「はあ?」訝る彼を促して寺務所を出る。丁度外で掃き掃除をしていた竜円さんに断りを入れ山能寺をあとにし、仏光寺通を目指して歩いていく。ジト目で睨んでくる彼の視線にやや呆れながら、早速自分の推理を話すことにした。


「その水晶玉、おそらく初恋の彼女の落し物ではありませんよ」
「あん?」
「まず確認ですが、君がその水晶玉を拾ったのは山能寺ですね?」
「は?!なんでわかんねや?!」


あれだけわかりやすく憂いていたくせによく言う。彼の問いかけは溜め息をついて流すことにし、その前提を共有した上での見解を述べる。

結論から言うと、その水晶玉は山能寺から盗まれた薬師如来像が額にはめていた白毫だ。白毫とは仏の眉間にあり、光を放つと伝えられている毛のことである。僕も今日まで知らなかったが、仏像ではしばしばそれを水晶玉で表すらしい。竜円さんからもらった仏像の写真でそれに気付き調べてみたので確かだ。
八年前、盗賊団源氏蛍が山能寺の本堂に忍び込み秘蔵の仏像を盗み出した際、運び去る途中で白毫が外れて落ちてしまった。それにあとで気付いた首領の義経は手下の一人である今回の犯人に山能寺まで探しに行かせたが、そのときには既に服部くんが先に拾ってしまっていたのだろう。不完全なままでは売却もできず、やむなく首領は仏像を桜氏の店の倉庫に保管することにした。
そして八年後、犯人は例の雑誌で八年前の少年が服部くんであることを知った。また同じ頃、盗賊団の中でも事件が起きた。おそらく、首領が重い病気か何かにかかったのだろう。死期を悟った首領は山能寺から盗み出した仏像を別の場所に隠し、その場所の謎掛けをした絵を子分たちに渡し、謎を解いた者を次の首領にするとでもいったような遺言を残した。あとに残った子分たちは懸命に謎を解こうとしたが、解けなかった。


「そんで桜さんは犯人に手ェ組もう言うてきた。犯人の剣の腕を見込んで他の子分全員殺すようそそのかしたんやろ。その上で仏像と白毫の行方を掴み、売った金を山分けしよう言うてきたんや」
「ああ…犯人は彼の話に乗ったフリをした。本心は最初から仲間を全員殺し、独り占めする気だったんでしょうね」


しかしそのためには、とにかく首領が残した謎を解かなければならない。そこで犯人は山能寺にそれを送り、誰か探偵に依頼するよう仕向けた。それがうまくいかず、現在に至る。


「なるほどな、俺が狙われたんは水晶玉が目的やったんか……お、着いたで」


水晶玉の持ち主が服部くんであることを知っているのは犯人だけだった。だから何も知らない備前平四郎は、既知の間柄である彼に依頼を申し込んだのだろう。
左に仏光寺が見える。石段を目で追い、その門を見上げた。


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