二階での身体検査と事情聴取が一通り終わると今日のところは解散となった。筆を走らせていた手帳をパタンと閉じ、一息つく。…さて。とりあえずさんたちを迎えに行って、服部くんにはホテルに集合するよう言っておこうか。この時間からどこかの店に入って情報の共有をするのはナンセンスだろう。
そう考えながら座敷を出ようと踵を返すと、「あの、」後ろから遠慮がちに声を掛けられた。


「何でしょう?」
「すみません…実は、相談したいことがあるんです」


そこに立っていたのは山能寺という寺の僧である竜円さんだった。警察の目を気にするかのように小声で言う彼に、目を瞬かせる。





服部くんが山能寺に到着したのは僕らがそこに着いてから十分ほど経ったあとだった。寺務所に案内された僕らは長テーブルに向き合うように座り、事件の概要をさんと和葉さんに説明していた。二人を長時間待たせてしまい申し訳なく、その旨の謝罪をすると「それは大丈夫だけど、」と、おそらく身近に起きた事件に不安を感じているようだった。


「おお、待たせたな」
「平次!」
「僕らも今着いたところだよ」


障子が開かれ服部くんが入ってくる。和葉さんの隣に腰を下ろした彼に早速収穫を尋ねると、彼は得意げに笑った。


「桜さんは伊勢三郎やった」
「…! それは本当かい」
「ああ。桜さん家の書斎に伊勢三郎っちゅー名前が入った義経記があったから間違いない。そんでもう一つ。これと同じ絵が本に挟まれとった」


ポケットから取り出したのは服部くんが持っていた例の絵だった。なるほど、これでこの絵が源氏蛍に関係があることはほぼ確実だろう。「そんで?そっちはどうやったん」問う彼に、僕は手帳を胸ポケットから出し、事情聴取でわかった内容を伝えていった。

お茶屋にいたのは被害者の桜正造氏を含め七人。桜屋の女将、舞妓の市佳代さんと千賀鈴さん、客には桜氏、能役者の水尾春太郎さん、古書店店主の西条大河さん、彼らは山能寺の檀家だという。そしてここ山能寺の僧である竜円さん。今日もその集まりで、19時半頃、顔なじみのお茶屋に行ったのだそうだ。
被害者は20時15分、少し寝るから21時に起こしてくれと言い二階の座敷を出、女将に案内され一階の部屋で寝ていた。女将はその間隣の部屋で執務を行っていた。時間になり起こしに行くも彼の姿はなく、地下を探しに行ったところ納戸から光が漏れていたため覗いてみると、彼が亡くなっているのを発見したのだそうだ。
店の中にいた者に殺害が可能か否かというと、面白いことに市佳代さん以外全員が可能だったと言える。彼らは被害者が出て行ったあとで一度ずつトイレに立っている。順番は竜円さん、西条さん、水尾さん。水尾さんだけは千賀鈴さんと共に座敷を出たそうだ。舞妓は皆そうするらしいが、他の二人のときは丁度ゲームの最中だったらしいから付いて行っていなくても別段不自然ではないだろう。もっとも、竜円さんと西条さんはそのときを狙ってトイレに行ったのかもしれないが。

手帳を広げ、お茶屋の見取り図を見せながら説明する。ここまで話し正面の服部くんの表情をうかがうと、真剣に推理を深めていた彼は「なるほどな」と呟いた。


「ちゅーことはやっぱ外部犯とは考えにくいな。女将が一階におるんやったら引き戸の音で絶対に気付くやろ」
「ああ。それにすぐ近くには地下への階段があるし、三人ともトイレに行くふりをして納戸に行っていた被害者を殺すのは可能だろう」
「となると、犯人は何らかの理由で被害者が納戸におったことを知っとった人物……知り合いの西条さん、竜円さん、水尾さんの可能性が高いな」
「…? けど、水尾さんはちゃうんやないのん?舞妓さんとおったんやろ?」


和葉さんの疑問には服部くんが簡潔に返答する。「水尾さんと千賀鈴さんが共犯者なら問題ないやろ」「あ、そっか…」「…ん?」すぐに納得した彼女と反対に、今度は服部くんが何かにひっかかったように顎に手を当てた。どうしたのかと問うと、今しがた挙がった舞妓の名前を呟き、ハッとして上着のポケットを漁り出した。そこから取り出した長方形の赤い厚紙を、隣の和葉さんも覗き込む。


「…なに?千賀鈴さんの名刺やん。もろたん?」
「おお、ちょっとな。それより白馬、凶器は?」
「見つからなかったよ。僕はてっきり地下のガラス窓から捨てたんじゃないかと思ったんだが、警察が川を捜索しても何も出てこなかったそうだ」
「せやったら共犯者や!外に共犯者がおって凶器を拾ったんや!」
「いえ、それはないでしょう。今夜は満月で明るかったですし、人の目も多い。あの状況で共犯者が川にいたとしたら目撃されないはずがありません」


服部くんの挙げた可能性を間髪入れずに却下したところで、廊下から歩いてくる足音が聞こえてきた。竜円さんが来たようだ。依頼については服部くんが戻って来てから話してもらうことにしていたのだ。入り口に一番近い机の側に座ろうとしたところで、「えっ?」竜円さんが驚きの声をあげた。


「何でそれを…」
「は?」


彼の視線の先を追う。そこには、先ほど服部くんが出してそのままにしていた例の謎の絵があった。


「これが何なんか知ってはるんですか?」
「ええ、…あ、いえ、実は依頼したいことというのが、これでして…」


そう言って彼が懐から取り出したのは一通の封筒だった。受け取り、表と裏を確認する。宛名は「山能寺殿」と筆文字で書かれているが、切手も差出人の名前もない。開くと中には二枚の紙が入っていた。二つ折りのそれらを開く。



「…仏像…?」
「! 服部くん、これが」


二枚目には服部くんの持っていた絵と同じものが同封されていた。どういうことだ…?そして仏像とは一体…。

竜円さんの依頼とはこの絵の謎を解いてほしいということだった。何でも、ここ山能寺には十二年に一度開帳される秘仏があり、それが明後日から一般公開されるらしい。が、その仏像は八年前に何者かに盗まれてしまって以来行方知れずなのだという。竜円さんはすぐに警察に通報しようとしたのだが住職の円海さんに止められたと言った。
そして月日は流れ、六日前、寺の郵便受けにこれが入っていたのだという。探偵に依頼しようと考えたが、また住職に止められると思いここのところずっと檀家の彼らと知恵を絞って考えていたのだという。封筒に入っていた二枚の紙を交互に見、それから机に置いてある紙に目をやる。


「この絵も服部くんのもコピーですよね。桜さんのはどうでした?」
「コピーやったで。…ちゅーことは誰かが原本を持ってるんやな」
「ええ…。! いや、あの財布!」
「そうか!桜さんが持っとって、それを財布から犯人が取ってったんやな!でも犯人は桜さんがコピーしとることを知らんかったんや!」


仏像を盗んだのは十中八九源氏蛍で間違いない。しかし、なぜ源氏蛍はわざわざ山能寺にこんな手紙を送りつけたんだ。仏像を探されて困るのは源氏蛍のはずなのに。


「てことは、俺に依頼してきたおっちゃんも俺に仏像探させる気やったっちゅーことか…?」
「わざわざこんな手の込んだ謎解きまで用意してそうさせるメリットとは一体…」
「…とにかく、今日はここまでにして、捜査は明日にしよか」
「ああ、そうだね」


さすがにさんや和葉さんの集中力も限界だろう。時刻は23時を過ぎていた。竜円さんには明後日の一般公開までに必ず仏像を見つけ出すことを約束し、山能寺をあとにした。門の前で明日の四人の集合時間を決め、バイクに乗った服部くんと和葉さんと別れたあと僕らはホテルまでの帰路についた。


「夜遅くまで付き合わせてしまって、すみません」
「え、ううん」


僕らの泊まるホテルは山能寺と同じ六角通でここからすぐのところだったため、歩いた方が早かった。あくびを噛み殺すさんを隣から見下ろす。結局付き合わせることになってしまったな、と今更反省する。


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