白馬くんから京都へのお誘いを受けたのは春休みが終わる七日前のことだった。連日の怠惰な生活を満喫しながらベッドでごろごろしていたわたしは、突然携帯が鳴ると、発信者の名前を目にした途端飛び起きたのだった。

聞くところによると白馬くんは、最近起きた東京、京都、大阪での連続殺人事件について調査をしに京都へ行こうとしているらしい。彼はその事件について捜査協力をしているため、東京の現場に加え関西にも足を伸ばしたいのだとか。そんな大事なお仕事にわたしがついて行っていいものなのかと問うと、あくまで個人的な調査で公的な意味合いはないから問題ないのだそうだ。耳に携帯を当てながら、ピンと背筋を伸ばす。それならばもちろん、断るわけがない。


さんの都合がよければ、終わったあと京都見物でもどうですか?』
「行きたい!」


言いながら、手帳を開いて春休み最後の三日間が空白であることを確認する。白馬くんは新学期までという区切りでその三日間を関西出張に充てるつもりなんだそうだ。よかった、とホッとしたような声が電話口から聞こえてくる。『ホテルや新幹線の席はこちらで取っておきますのでご心配なく』「ありがとう!」それじゃあ詳細は後日また、と白馬くんが言って通話が終了する。携帯の画面を消し、うきうきしながら手帳に予定を書き込む。四日から六日まで、「白馬くんと京都!」…やった!それを両手で掲げてから、胸に抱え込む。楽しみだなあ。そうだ、紅子ちゃんに報告しよう。お土産は何がいいかも聞きたい。
と思ったのだが、タイミング悪くお昼ごはんに呼ばれてしまい仕方なく一階に降りた。自分でよそったカレーを食べながら、正面に座るお母さんに白馬くんとの旅行の話をした。修学旅行以外で友達と泊まりで遊びに行くのは初めてだったからか、お母さんに少し驚かれた。白馬くんも積極的ね、と言われたのはどういう意味かわからなかったので適当に相槌を打っておく。
白馬くんは、放課後二人で過ごしたり休みの日に遊びに出かけたりすると毎回、わたしが断らない限り家まで送ってくれる。最初こそ娘が最近仲良くなった男の子が警視総監の息子と知って硬かった親も何度か顔を合わせていくうちに打ち解けていったようで、彼の礼儀正しい態度が好感を持ったのだろう、今じゃ白馬くん白馬くんとすっかり気に入っているご様子だ。


「まあいいけど、気を付けなさいよ?あんた最近危なっかしいんだから。また事件に巻き込まれたりしないでよ?」
「べつにわたしが危なっかしいんじゃないよ…」
「まあ白馬くんが一緒なら安心だけど」


我が家の白馬くんへの信頼たるや。それには二度頷いた。

さすがにノー勉というのも気が引けるので、白馬くんが調べようとしている事件についてわたしも調べてみた。どうやら今ちょっと話題の事件らしく、インターネットで検索したらすぐに見つかった。
東京の西国立市の寺で三人、大阪の寝屋川市で深夜に一人、京都の東山区で未明に一人、計五人が連続して何者かに殺されているのが発見されたのだそうだ。一見、同じ頃の年齢くらいで職業も住まいもバラバラの被害者に共通点らしきものは見当たらないけれど、警察の調べで驚くべき事実が発覚したらしい。なんと殺された五人は皆、「源氏蛍」という盗賊団のメンバーだったのだ。少し前から東京、京都、大阪を中心に有名な仏像や美術品の窃盗を続けているグループで、メンバーはみんな源義経の家来の名前で呼ばれ、義経記という本を所持しているらしい。構成員は元は八人。今回殺害された五人を除いて首領の義経、あとは弁慶と伊勢三郎が残っているらしい。ニュースの記事を読む限りでは、わかっていることはいろいろあるみたいだけれど、犯人の手がかりについては剣と弓の達人ということだけしか判明していないのだそうだ。

一通り読み終わり、ふうと息をついて回転イスの背もたれに寄り掛かる。わたしだったらこんな怖い事件、警察に任せて解決してもらうのを待つだけだけど、白馬くんは自分で調べて解き明かそうとするのだ。すごいなあ、探偵の探求心はきっと底なしだ。

でもちょっと思ったけど、源氏蛍と義経じゃあ時代が違うんじゃないかな。あれは平安時代のお話……
あ、違う、光源氏だ。…誰にも言わないでよかった。

自分の馬鹿さ加減が白馬くんの邪魔にならないよう気を付けよう、と人知れず心に誓いつつ、やはり彼とのお出掛けに浮き足立っているのであった。





「それじゃ、をよろしくね白馬くん」
「はい。お任せください」


当日、お母さんに見送られ白馬くん家の車に乗り込んだ。それにしても、白馬くんはいいけれど、お母さんの物言いはまるでお守を頼むようではないだろうか?内心不服に思いながら運転席のばあやさんに挨拶をした。

東京駅から京都駅には二時間ほどで到着した。お菓子を食べながら事件や京都に関する話をしていたら割とあっという間に着いてしまった。バスに乗って六角通のホテルに向かい、チェックインを済ませる。先月の騒動を思い出したわたしは、今回はすんなりできてよかったなあと密かに思いながら、白馬くんから部屋のルームキーを受け取った。スケルトンのキーホルダーに刻まれた部屋番号は十階を示していた。連番になっている彼のそれを一目見て、エレベーターへ向かう。急だったからあまりいいホテルが取れなかったと謝る白馬くんに首が吹っ飛ぶくらい横に振った。いやいや何を言いますか白馬さん。

整然とした内装にベッドやバスルームも綺麗な部屋だった。持て余す設備の充実具合だ、と思いながら、とりあえずとボストンバッグを置く。部屋の中をあちこち物色して一人で楽しんでいると、すぐに入り口のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。小走りで駆け寄って開ける。思った通り、白馬くんだ。


「早速出たいのですが、大丈夫ですか?」
「うん!」


目的はもっぱら調査だ。頷いて、ベッドに放り投げておいたショルダーバッグとルームキーを持って部屋を出た。オートロックの鍵がガチャンと閉まる音がする。白馬くんもバッグだけの軽装具合だ。準備のいい彼はフロントに預けるルームキーの他に胸ポケットから出した手帳を手にし、文字がたくさん書かれたページに目を通していた。それからわたしに向き、少し申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「すみません、結構連れ回してしまいそうです」
「いいよ!連れ回してよ!」


わたしはしばしば、白馬くんのお手伝いみたいなことができたらなあと思っていたのだ。もちろん推理力の「す」の字も備わっていなく、捜査の「そ」の字も心得ていない自分が役に立つとはまさか思っていないけれど、とにかくあとについて行って彼が何をしているのか知りたいのだ。即答したわたしに、白馬くんはふっと目を細めて微笑んだ。


「…では、お言葉に甘えて」


そうやって君は簡単に、わたしの心臓を掴む声で言うのだ。ずるいよなあ。


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