男の人は助からなかった。真っ赤な視界がまだ眼前にあるようで、今も目がチカチカしている。そんな、地に足がついていない感覚のまま、わたしは白馬くんの隣に座っていた。あの場に駆けつけた警察には白馬くんが説明していた気がするけれどよく覚えていない。ただただ白馬くんから離れないように付いて行き、最終的に今は警視庁内の一室で刑事さんたちとテーブルを挟んで対峙しているのだった。


「何度もすまないが、我々にも聞かせてもらえるかな。犯人の特徴を」


 ころされた、人は、刑事さんだったらしい。まさか、こんな身近でそんな事件が起こるなんて。
 京都のお寺でのときと、似ているかな。この緊張感は。すうっと息を吸って、ゆっくり吐く。落ち着きたい。


「コートと傘はグレーでしたが、性別はわかりません。しかし、銃は左で撃ったと思います。傘は右手で持っていたので」
「なるほど、犯人は左利きか…」


 スラスラと答えるのはもちろん白馬くんだ。どうやら白馬くんはさっき男の人が拳銃で撃たれたところを目撃していたらしい。青信号を待たずに一目散に走り出したのはその犯人を捕まえるためだったのだとか。残念ながらそれは、見失ってしまったらしいけれども。
さんは?」女性の刑事さんに聞かれるが、首を振るしかできない。何せ突然のことすぎてロクに覚えていないのだから。倒れた男の人のそばからそんな風貌の人が立ち去っていったかと聞かれたらいたかもしれないと思うし、でも赤い傘だったと言われたらそうだったと頷きそうだ。それくらい記憶が曖昧だ。
 心細い一心で白馬くんに引っ付いて来たけれど、もしかしなくてもわたし、役立たずの邪魔者なんじゃないか。真剣な面持ちの白馬くんをおずおずと見上げる。


「ところで、奈良沢警部補が左胸を掴んで亡くなったことに関しては」
「我々は胸にしまった警察手帳を示したものと解釈した。今、手帳に書かれているメモの内容を徹底的に調べているところだよ」
「警察手帳…」


 顎に手を当て思考し始めた白馬くんから目を逸らしてうつむく。頭の中で邪魔者という文字が飛び交ってわたしを責める。でも、だからといって帰るねなんて言う精神的余裕はなかった。そうこうしている内にまた一人、男の刑事さんが部屋に入ってきて、目暮警部と呼ばれる刑事さんのそばまで来た。


「目暮警部、現場に落ちていた薬莢から、使用された拳銃は9ミリ口径のオートマチックとわかりました」
「九ミリ口径か…」
「女性にも扱えるありふれた銃ですね」


 さすがは高校生探偵というべきか、銃の種類を聞いただけでどんなものかわかるらしい。白馬くんは真剣にこの事件を解決しようとしている。わたしも何か助けになりたい、思いながら膝の上でぎゅっと拳を作るけれど、結局言葉は何も浮かんでこず、刑事さんたちと白馬くんが話し合っている間、ひたすらうつむいて聞いているだけだった。

 しばらくし議論がひと段落した頃にようやくこの場は解散となった。「何か思い出したことがあったら教えてくれ」白馬くんとわたしを順に見て言う目暮警部に控えめに頷き、わたしたちは警視庁をあとにした。


さん、大丈夫ですか?」


 歩きながら、顔を覗き込むように様子をうかがってくれる白馬くん。「事情聴取だけのはずが、長く付き合わせてしまってすみません」確かに後半はあらゆる可能性を挙げて推測していく話し合いみたいになっていた。白馬くんは警部さんたちと顔見知りだったらしいから、そうなるのも頷ける。そこに不満は一ミリもない。


「ううん。大丈夫だよ」
「しかし顔色があまりよくありませんよ。今日はゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう…」


 優しいなあ。それは白馬くんに対してこれまで幾度となく感じた感想で、彼をすきだと思う理由の一部でもあるだろう。顔色がよくないのは間違いなくさっきの事件のせいだ。ものすごく手間取って救急車と警察を呼んだわたしよりもすぐさま駆け出して犯人を追いかけ、それから倒れる刑事さんに声をかけた白馬くんの方が何倍も疲労しているはずなのに。


「白馬くんはああいう、殺人現場、っていうの、やっぱり慣れてるの?」
「慣れてるといったら語弊はありますが……居合わせたことは、何度か」
「そっかあ…」
「女性にはきつい現場でしたでしょう」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる白馬くんには曖昧な返事をする。実際はこれでもかというほどショッキングな出来事だったけれど、それに頷いてしまうのはなんだかいけないと思った。頷いたら、白馬くんはこの先彼が関わる事件からわたしを遠ざけようとしてしまう、気がする。そう、わたし、強くならないと。うろたえてちゃだめだ。
 進行方向に顔を向け、それから目を伏せる。公衆電話の前で、白馬くん越しに見た、血まみれの刑事さんが思い出される。無意識に顔をしかめていた。


「安心してください。犯人は僕が必ず捕まえますから」
「……うん」


 きっと本当に、白馬くんは犯人を捕まえてみせるのだろう。そう確信できるほど、彼の探偵としての実力は今まで見てきた中で裏付けされていた。

 わたし、白馬くんととっても仲がいいと思うのだけれど。わたしが男の子の中で一番仲良しなのは白馬くんだし、白馬くんが女の子の中で一番仲良しなのも、たぶんわたしなんじゃないかなあ。だからときどき、このまま付き合っちゃったりできるかなって、思ってしまうんだよ。それこそ紅子ちゃんや和葉ちゃんが肯定してくれると、告白したらうまくいっちゃうんじゃないかとか、我ながら都合のいいように考えてしまう。
 でも、結局実行に移そうとしないのは、こういう瞬間ダイレクトに、あ、無理だ、と心臓を攻撃するからだった。

 つりあわない。優秀な探偵である白馬くんと、何も持ってないわたしは、住む世界が違う。


「それでは、今日はゆっくり休んでくださいね」
「うん、ありがとう。ばいばい」
「また明日」


 だから、告白はできない。けど、白馬くんとは一緒にいるだけで楽しいし幸せな気持ちになれるから、諦めて離れるとかは、全然考えてないんだよ。


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