何か引っかかる。見落としているような…。

 米花サンプラザホテルに行った次の日、僕は再び警視庁に赴き捜査資料を見返していた。友成真の行方はまだ掴めていないらしいが、新しく小田切警視長と敏也さんの事情聴取の書類が増えていたので読み進めると驚くべきことが判明していた。なんと仁野保氏の事件の再捜査は小田切警視長が奈良沢刑事に命じたものだったのだ。また、敏也さんの方も一年前仁野氏が薬を横流ししているのを知り金を脅し取ったという恐喝の罪を犯していたらしい。しかし自認している敏也さんの方は置いといて、小田切警視長の方の真偽ははっきりしないだろう。奈良沢刑事が亡くなってしまった今、彼は自由に証言できてしまう。奈良沢刑事の意思で再開された捜査が敏也さんに及ぶ前に射殺したということも考えられるのだ。
 あとは、友成真さんが執拗に逃げ回っているのもだが、まだ事情聴取を受けていない仁野環さんが気になるな。彼女の場合利き手を知るところから始めたいのだが。

 ファイルから目を離したタイミングでポケットの携帯が振動する。取り出してみると画面には黒羽快斗の名前が表示されていた。


「もしもし?」
『白馬、今大丈夫か?』
「ああ。珍しいね、君から電話なんて」
『ンなこたどうだっていーんだよ。それより仁野環のことでわかったことがあんだよ』
「は?君、事件のこと調べていたのか?!」
『あーもー細けーこといちいち突っ込むなっつーの!』


 いや、突っ込まずにいられないだろう。盗聴していたことは黙認したがまさか独自に捜査しているとは思ってもみなかった。彼にそんなスキルがあるとも思えなかったが……天下の大泥棒怪盗キッドだと思えば納得はできるか。とりあえずとちょっと待ってもらい、手早く資料を片付け廊下に出る。人通りが少ないことを確認し、突き当たりまで行く。


「で、どうして環さんに目を付けたんだい?」
『べつに大した理由はねーけどよ…撃たれたの女子トイレだったし女の方が出入りしやすいと思ってよ。あと名前出た中で利き手わかってねーのそいつだけだったし』
「なるほど」


 言われてみると確かに優先して調べたい容疑者だ。「理由はわかった。それで、わかったことって?」遠くに刑事の姿が見え、口元を右手で隠す。


『月曜から監視してたんだけどよ、』
「学校は休んだんだね」
『オメーに言われたかねーよ。とにかく、仁野環は小田切敏也を尾行してたんだよ』
「え?敏也さんを?」
『どうやら仁野環は兄を殺した犯人が小田切敏也だと思ってるらしいぜ。ライブハウスで本人目の前に啖呵切ってたから間違いねえ』


 なるほど、そうだったのか。確かに環さんは仁野保氏が亡くなる一週間ほど前に二人が口論していたのを目撃しているからそう思うのも無理はない。紫色の髪の男が小田切敏也さんだと自力で突き止めたのだろう。『あと、仁野環の利き手は右、』


『って思ってたらよ…』
「左だったのか?!」
『ああ。しかもただの左利きじゃねえ。普段は全部右でやってるから矯正したんだと思う』
「そうか……待て、じゃあ君はどうして元は左利きだとわかったんだ?」
『左でライターつけてるときがあったんだよ。あと自販機からペットボトルを左で取り出してた。無意識のうちってやつかな』


「無意識のうちに…」…待て、そういえばあの人あのとき………、そうだ!
 ずっと感じていた違和感の正体がようやく明らかになる。そうだ、あの人の行動が気になったんだ。急いで一課に戻り奈良沢刑事に関する資料を引っ張り出す。医療関係の項目を探し、そこに書いてある内容を確認する。…ビンゴ。彼はあの人と面識がある。
 間違いない、犯人はあの人。だとすると胸を掴んだ奈良沢刑事のダイイングメッセージの意味もわかる。すべての犯行もあの人一人で可能だ。あとは仁野保氏殺害の動機と証拠さえ見つければ。


『おい白馬、どうしたんだよ?!』
「ありがとうございます黒羽くん。おかげで犯人がわかりました」
『はあ?!じゃあやっぱり仁野環が』
「いえ、彼女は犯人ではありません」
『あ?』
「犯人は…」



◇◇



 警視庁をあとにし、東都大学付属病院に到着する。車を降り誰に聞けば早いかを考えながら外を歩いていると、中庭で少し遅い昼休憩を摂っている女性の看護師二人が目に入った。


「すみません。少しお伺いしたいのですが」
「はい?あら…?あなたもしかして高校生探偵の白馬くん?!」
「どうしたの?!どこか怪我?」
「い、いえ、今日は事件の捜査で」
「キッドの予告が来たの?!」
「でもうちの病院にそんな高価なものないけど…?」


「いえ、キッドでもなく…」なかなかにパワフルな人たちらしい。若干圧倒されつつ、仁野保氏について知っていることがあれば教えてほしいと伝えると彼女たちは納得したらしく快諾してくれた。そばの木製のベンチに座り彼女らと向かい合う。


「仁野先生ねー…こういっちゃ何だけど、嫌な先生だったわー!」
「ほんと!お金に汚くて腕は全然!手術ミスで何度も問題になったよねー!」
「ほら、覚えてる?心臓病で運び込まれた患者さん!あの手術で一緒に執刀した先生の腕を切っちゃって!」
「そうそう!それが原因であの患者さん助からなかったのよねー!」


 それか…?!「その話、もっと詳しく聞かせてください」座ったまま身を乗り出すと、彼女たちはもちろんと頷いた。


「可哀想だったわよね、あの先生。それまで黄金の左腕とか言われるくらい優秀な外科だったのに、あれからうまく手術できなくなっちゃったらしいもんね」
「うんうん。しかもあれ一時期、事故じゃなくてわざとやったんじゃないかって噂流れてたよねー」
「いやでも仁野先生ならあり得るじゃない?」
「そこがねー」
「…すみません。その先生は今どちらに?」
「確か外科から転向して、すぐに別の病院に移られましたよ」
「どこだっけ。…あ、米花薬師野病院じゃなかった?」
「……その先生のお名前は?」


 胸を掴んだ奈良沢刑事のダイイングメッセージ。やはりあれは警察手帳なんかじゃない。


「風戸京介先生よ」


 心。心療科の頭文字だ。


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