早く思い出さないとと焦るわたしは翌日、部屋にこもって携帯の中を調べる作業をしていた。退院したあとも、ホテルから帰ったらでいいやと思っていたのもありほとんど手つかずだったのだ。
 しかしメールなり何なりを片っ端から見ていくもヒントになりそうなものは見つからなかった。ただこの、小泉紅子さんというクラスメイトと頻繁にやりとりをしていた形跡があることから、学校で一番仲良くしていた友達はこの人なんだろうと見当がついた。
 メール画面を立ち上げ、指が止まる。わたしが記憶をなくしてから一度も会ってない人にいきなりメールを送るってどうなんだ。何か思い出話してくださいってどう考えても不審者だよね。やめよう。
 次に写真を見てみると、数は多くないながらも友達と写っているものがずらっと出てくる。一枚一枚じっくり見ていくと、あることに気がつく。明らかに写真に多く写っている人がいるのだ。

 赤みがかかったロングヘア、顔立ちは誰が見ても美人と答えるくらい整っている、大人びた印象の女の子だ。その子の隣でわたしも満面の笑みを浮かべていた。


「この人が小泉紅子さんかなあ……」


 漠然とそう思った。確信はないけれど、彼女を見ていると、白馬さんとは違った意味で心が暖かくなるのだ。



◇◇



「そう、紅子ちゃんだよ!」


 放課後に寄ってくれた青子さんが頷く。一緒に来てくれた桃井恵子さんもうんうんと首を振り、「ちゃんの親友だよ」と付け加えた。やっぱりそうなんだ。目を落とし携帯の画面を見る。


「あっ、じゃあ、学校に行けば会えますか?」
「えっ?!えー…えっと…」
「い、今ちょうど海外旅行行ってるらしくて休んでるんだー」
「へ?学校あるのに?」
「う、うん」
「……や!休んでると言えば、快斗も連れてこようと思ってたのに、あいつ今週一度も学校来てないんだよねー!ほんとあいつってばしょうがなくてさー!」


 そこから青子さんによる黒羽さんトークが幕を開けた。幼なじみの彼について話題は尽きないらしくどんどん話してくれる。そのおかげで、一度しか会ってないのに黒羽さんのことをよく知ることができた。マジックが得意なのは三日前に見せてもらったのでよく覚えていた。


「そういえば青子さんと黒羽さんの写真ありましたよ」


 一覧表示の中から一つを選んで拡大する。ウエディングドレスのような純白の衣装に身を包んだ青子さんと、白いタキシードにシルクハットという変わった出立ちの黒羽さんが、二人で表彰台のようなところに立って手を振っている写真だ。それを覗き込んだ青子さんは顔を赤くし、恵子さんはああと合点がいったようだった。


「これ仮装スキー大会のだよ。男女でペア組んでね」
「へー…」
ちゃんは白馬くんと組んでたよ。ちょっと待ってね…ほら、」


 恵子さんが自分の携帯を見せてくれる。そこには、ライトアップされた雪原で二人してこけているわたしと白馬さんの姿があった。白馬さんの衣装はどこかで見たことがある気がするけど、わたしのは何なんだろう。細かいことはわからないけれど写真の中の二人が楽しそうに笑っているのが印象的で、思わず見入ってしまう。


「…あ、じゃあこれもそのときのですかね」


 さっき見つけた写真を拡大する。ジャージ姿のわたしと紅子さんと白馬さんが三人で、大きなクリスマスツリーをバックに写っている写真だ。なんとなく、一番すきだと思った写真だった。青子さんがそれを覗き込み、優しく笑う。


「そうだよー。三人ともいい笑顔だね!」
「はい…」
ちゃんは紅子ちゃんと白馬くんと仲良しなんだよ」
「そう、みたいですね」


 歯切れの悪い相槌を打ってしまう。何も覚えていないことに対する後ろめたさからじゃない。昨日のことを思い出して、後悔しているのだ。


(今のわたしは白馬さんとは友達じゃないと思う)


 写真に写る彼と目が合う。白馬さんに、八つ当たりをしてしまった。あんなに親身になってくれてたのに仇で返すようなことをしたのだ。傷ついたような彼の顔が忘れられない。


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