「工藤先生」


白馬くんの呼びかけに気付いた工藤先生は足を止めたと思ったら、すぐに「ああ、」と思い当たったように笑顔を浮かべた。


「高校生探偵の白馬探くんだね」
「はい。初めまして、工藤先生」
「イギリスに滞在していたとき何度も名前を聞いていたよ。一度会ってみたいと思っていたんだ」
「光栄です。僕も先生の執筆される本がどれも好きで、是非ともお話をお伺いしたいと思っていたんです」


初対面とは思えないほど会話に花を咲かせる男性陣に呆気に取られる。どうやら工藤先生は白馬くんを知っていたようだ。しかも知ったのはイギリスでだって。すごいなあ白馬くん、白馬くんこそグローバルな有名人じゃないか。そういえばさっき工藤先生はこの披露会のためにアメリカから来たって言ってたから、この人は普段から世界中を飛び回ってたりするんだろうか。二人の会話を黙って聞いてるしかないわたしは内容を噛み砕きながら知識として蓄えていく。


「工藤先生がゲームステージの開発に携わったということは、推理要素も盛り込まれているのでしょうか?」
「ああ。きっと楽しんでもらえる舞台だと思うよ。君にも特にね」


人差し指を立て小粋にウインクしてみせた先生。それに白馬くんが目を輝かせるのを斜め後ろから見て、思わず笑顔が浮かぶ。白馬くん、本当に筋金入りのミステリー好きだなあ。

工藤先生はこれから記者のインタビューに答えるんだそうだ。スタッフと遠ざかる彼を目で追いながら、白馬くんは満足げに笑みを浮かべていた。短い時間だったけども充実していたといわんばかりだ、いいなあ。見上げるわたしに気付いたのか、白馬くんは目を合わせると恥ずかしそうにはにかんだ。


「すみません、ありがとうございました」
「んーん、よかったね」
「はい」


わたしもにっこりと笑ってしまう。白馬くん嬉しそう、ほんとによかったなあ。それに「コクーン、推理要素があるなら白馬くんの独壇場だね!」まさに高校生探偵の出番じゃないか!拳を作り力んで言うと、けれど彼は頬を掻きながら苦笑いをしたのだった。


「ゲームシステムがまだわからないので何とも言えませんが、他の参加者の様子を見てわきまえるつもりですよ」


その言葉の意味を理解するのにワンテンポ要した。…ああ、そっか、みんなで協力して謎解きをするんだったら、一人でスイスイ解いちゃ周りの人が楽しめないかも?しかも今回の参加者は高校生以下ってくくりだし、さっき会場で参加者のバッジをもらってる子を見てたけど小学生がほとんどだった。じゃあ白馬くんはアドバイスするだけとかになっちゃうのかなあ、白馬くんがそれでいいならいいけど、せっかくなら思う存分楽しんでもらいたい。でも高校生の参加者、今のとこ白馬くんしかいないし……。


「あ、ほんとだちゃんじゃない!」


呼ばれた声に振り向くと、少し離れたところに紅子ちゃんが立っていた。そういえば工藤先生と話してたとき近くにいなかったような。でも、今わたしを呼んだのは彼女じゃないのだ。その隣に立って手を振っている、茶髪のおかっぱヘアの「…園子ちゃん?!」そう、鈴木園子ちゃんだ。


「えー!久しぶり!」
「久しぶりー。紅子ちゃん見つけてびっくりしたよ〜」


手を振り返しながら駆け寄る。緑のイヤリングとペンダントをつけ、赤いドレスを身にまとう彼女はとても大人っぽくて、紅子ちゃんと並ぶと二人とも高校生なんかには見えなかった。後ろからついてきた白馬くんにも同じように挨拶した園子ちゃんはそれから、わたしの右手を覗き込むように首を傾げた。


ちゃん、手の怪我はもう大丈夫なの?」


「…あ、大丈夫だよ!」一瞬何のことかと思った。ミラクルランドで人質になって、ナイフを押し除けたときの話かあ。しみじみと思い出す。あのときは大変だった。男の人から逃げようと無我夢中だった。右手には刃が食い込んで大きく切れてしまって、しばらくはとっても不便だった。でも学校では紅子ちゃんや白馬くんがたくさん気にかけてくれたからそこまで困らなかったし、今じゃもう傷口は完全に塞がったから大丈夫だ。痕はちょっと、残ってしまったけれど。
ほらねと見せつけると、園子ちゃんはホッとしたように胸をなでおろした。覚えててくれたなんて、優しい人だなあ。それから。ちらっと胸元に目を落とす。左胸に輝くはコクーンの体験バッジだ。どうやら彼女も選ばれし者らしい。白馬くん以外の高校生の参加者、いたよ。しかも知り合いだ、よかったね白馬くん!


「ねえ鈴木さん、さっきのことだけど…」
「ん?ああバッジね、どうしよっかー」
「バッジ?」


白馬くんにそれを伝える前に目の前で繰り広げられた二人のやりとり。思わず割り込むみたいに首を傾げると、園子ちゃんが少し言いづらそうに事の経緯を話してくれた。
なんでも、彼女や蘭ちゃんの知り合いに阿笠博士という発明家がいるらしい。その人は工藤先生とも親交があるらしく、今回のゲームプログラムの開発を手伝った関係で今日この会場に来ているという。そしてさきほど阿笠博士と会った園子ちゃんは彼から、なんとコクーンの体験バッジを渡されたのだと。園子ちゃんはすでに一つを胸につけていたので、持ち主が決まってないフリーの体験バッジだ。


「コナン…ああ蘭の家に居候してるガキンチョね、そいつに渡してくれって言われたんだけど、ついさっき蘭たちが急に来れなくなったって連絡もらっちゃってさー」
「蘭ちゃんたちも来る予定だったんだ?」
「そ。あたしの招待客としてね」


おお。思わず口を縦に開く。わかってたけど、鈴木財閥は今回のコクーン開発にも大きく関わってるんだなあ。披露パーティーに招待客を呼べるほどのビップだ、レッドキャッスルのときみたいに資金援助とかしたのだろう。コナンくんも懐かしいなあ、偽のテレビ番組のせいで無人島に閉じ込められた白馬くんたちを助けに行ったとき会って以来だ。小学一年生とは思えないほどの推理力の持ち主だって、白馬くんが褒めてたのを思い出す。


「それで鈴木さんが私にバッジを譲ってくれるって言ったのだけど…」
「一個しかないんだよねー」


見ると紅子ちゃんの手にはコクーンの体験バッジが乗っていた。紅子ちゃんが言いにくそうなのを見るに、わたしを置いて受け取ることに罪悪感があるのだろう。確かにわたしも逆の立場だったら同じことを思う。んん、これはどうしたものか。


「体験バッジもらったのかよ?」


何て言おうか考えてると横から話しかけられ振り向く。今度は諸星くんと滝沢くんの登場だ。話を聞いていたらしく、スーツのポケットに両手を入れてほとんど変わらない目線でわたしを見ていた。やっぱり見下されてるように思うのは気のせいだろうか。


「もらったのはわたしじゃないよ」
「ふーん…」
「紅子さんやんの?よっしゃ!」
「いや、私は…」


滝沢くんはすっかり紅子ちゃんが気に入ったようだ。こうして見ると微笑ましいもんだなあ。思いながらわかりやすく喜びを表現する彼を見ていると、ふと視線を感じた。横に移すと、なぜか諸星くんが不満げにわたしを見ているではないか。なんだろう?


「アンタはやんねーの」
「やりたいけどできないよ」
「……」


そのまま返すと諸星くんはもっと口を尖らせて、「滝沢、行くぞ」と彼の小脇に抱えたボールを奪うように去っていった。「あ、おい諸星!」慌てて追いかける滝沢くん。なんか、賑やかだなあ。小学生って元気だ。


「白馬くん、諸星くんて、……白馬くん?」


さっきからずっと静かだった白馬くんに振り返って見上げる。すると彼は珍しく苦虫を噛み潰したような顔で、諸星くんたちが去って行った方向を見ていたのだった。わたしの呼びかけでそれはすぐに消えたけれど、思わず目を丸くしてしまうよ。


「あ、すみません…」
「んーん…どうかした?」
「いえ、ただ…」


さんは子供にもすかれるんだなと思って」苦笑いまじりで言う白馬くんにぎょっとしてしまう。は、白馬くん、今のどこを見てそう思ったんだ…?わたし諸星くんたちにめっちゃバカにされてるよ…?



「わっ紅子ちゃん、なに…」


今度は紅子ちゃんにぐいっと手を引っ張られる。それから手のひらの上に何かを置かれたのを感じ、見てみると、「バッジ…?」なんと、コクーンの体験バッジがあったではないか。鈍く光る卵型のフォルムは確かに、さっきまで紅子ちゃんの手の中にあったものだ。


「紅子ちゃん…?」
がいないならやるつもりないわ。ゲーム自体すきではないし」


せっかくだからあなたがやりなさい。そう言って、わたしの手を包み込むようにぎゅうと握りしめる。紅子ちゃんはわたしに譲ろうとしてるのだ。「せっかく」なのは紅子ちゃんも一緒なのに、そんなにうらやましそうに見てたかな…。そりゃーすごく興味あるけど、紅子ちゃん押しのけてまでやりたくないよ。


「何ならあたしのあげるよ。全然興味ないしねー」


そんなわたしたちを見てかあっけらかんと笑う園子ちゃん。予想外の発言に思わず目を丸くしてしまう。こんな貴重な体験をする機会なのに、豪快というか、大物だなあ…。初めて彼女にお嬢様の一面を垣間見た気がした。


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