赤いジャケットに白いシャツ、青いネクタイを締めた諸星くんが警視副総監のお孫さんというのはわかった。けれど彼の周りにいた同い年くらいの少年たちの正体は謎のままだったので、戻ってきた白馬くんに聞いて教えてもらうことにした。
茶髪の長髪をオールバックに後ろで束ねていたのは滝沢くん。与党政治家の息子だそうだ。ピンクベージュのジャケットを着たふっくらした少年は江守くんといって、こちらは財閥系銀行頭取のお孫さんだという。最後に細身に青いジャケットを着た上品そうな少年は狂言師の息子の菊川くんというらしい。なるほど、親やおじいさんが軒並み大物だからあんなに態度が大きかったのか。納得だよ。
名前と親や祖父の話を聞かせてくれた白馬くんだけれど、直接関わったことがあるのは諸星くんくらいで、他の三人は今日保護者のほうへ挨拶に行った際のやりとりで収集した情報なんだと。そういうとこも器用だなあ。しみじみ思いながら、諸星くんたち四人組が大人の男の人に注意されてるところを遠くから眺めていた。

白馬くんと合流してすぐに始まったセレモニーでは、コクーンのゲームステージのためにアイディアを提供したという工藤優作先生の登壇と、会場全体を暗くしてコクーンの披露式典が行われた。わたしはどちらかというとお姉さんがコクーンに試乗してみせたほうがわくわくして楽しかったのだけど、白馬くんのほうはもっぱら工藤先生の登場に目を輝かせていた。なんでも工藤先生はナイトバロンシリーズの原作者らしく、いくつものミステリー小説を出している世界的に有名な作家なのだそう。わたしと紅子ちゃんは知らなかったので、へえーと感嘆の相槌を打つばかりだった。


「コクーンって本当にすごいねー」
「ええ、バーチャルの世界を実際に体験できるなんて、ちょっと信じがたいわね」


セレモニーが終わり、照明が戻った会場はしばし自由時間となっていた。わたしと紅子ちゃんがさっきのコクーンのデモンストレーションを思い出しお話していると、ふと白馬くんの気配が動いたのがわかった。無意識にそちらに目をやる。と、ちょうど振り返った白馬くんと目が合った。彼、まるでどこかに行こうとしていたのだ。目をパチパチと瞬かせてしまう。


「どうしたの?」
「工藤先生とお話できないかと思いまして。少し行ってくるので、ここで、」
「えーならわたしたちも行くよ!ね、紅子ちゃん」
「ええ。やることもないし」


肩をすくめた紅子ちゃんに頷き、白馬くんに向き直る。と、今度は彼が目をぱちぱち瞬かせる番で、それからクスリと笑うのだった。どうやらOKらしい!
ということで、白馬くんの好奇心に同行し三人で工藤先生との接触を試みることに。目指すは入り口付近。工藤先生はさっきステージから降りたあと一旦会場外の控え室に戻ったらしく、もう一度来るならあそこから入ってくるのは間違いないとのこと。「出待ちってやつだね!」そういうのやったことないからわくわくするなあ!三人で縦に並んでトコトコ外へ出ようとするのもなんだか楽しかった。


「諸星警視副総監」


唐突に、前を歩く白馬くんが呟いた。彼の視線の先をたどると、確かにブロンズ像を眺めている諸星警視副総監がいるではないか。まだ距離があるので話し声は聞こえないけど、隣には白髪の老紳士もいて二人で何かを話しているようだ。「どっち?」あまり興味のなさそうに問うた紅子ちゃんに黒いスーツのほうだよと教えると、ふうんとやはりあまり芳しくない反応が返ってくる。


「さすがに孫だとあまり似ないわね」
「あはは確かに」


紅子ちゃんの言う通り、諸星くんが大人になってもああいう顔にはならない気がした。よくよく思い出してみれば諸星くん、顔はかっこいいから小学校ではモテてそう。ああいう気の強いところが人気を集めるかもしれない。
とにもかくにも、彼らの後ろを何も言わずにすれ違っていいものなのか、声をかけるべきかと逡巡していると、視界を白と黒の球体が横切った。


「あっ」


ドンッと鈍い金属音を立てサッカーボールが跳ね返る。ブロンズ像に当たったのだ。その拍子に男の人の像が持っていた短剣も跳ね会場の床に落ちてしまう。犯人はもちろん、「いっけねー…」諸星秀樹少年たち、やんちゃグループだ。
他の二人はどこへ行ったのやら、転がったボールを拾いつつ短剣の元へ駆け寄ったのは諸星くんと滝沢くんだけだった。さすがに人の物を吹っ飛ばしては決まりが悪いのか、諸星くんはすぐに短剣を拾い上げた。


「秀樹。ここにボールを当てるのはやめなさい」


そばで見ていたおじいさんの警視副総監がそう注意すると、はあいと素直に返事する諸星くん。まるで借りてきた猫のようだ。さっきのあの態度は何だったんだろう。それに警視副総監の注意の仕方にもちょっと、異議を申し立てたいぞ。けれどさすがにそんな度胸はなく、聞き流すことに努めるわたし。
と、ちょうど入り口から工藤先生が歩いてくるのが見えた。「白馬くん!」思わず肩を叩くと彼も気付いていたのだろう、ええ、と頷かれる。眼鏡をかけ紺の蝶ネクタイもオシャレに決めた工藤先生は、緑のジャケットを着たスタッフの誘導に従って会場の中央へ向かうようだ。わたしたちとすれ違う進路で歩いてくる工藤先生になんだか緊張してしまう。


「ちょっとまずったな」
「どうってことねえよ。みんな安モンの像だ」
「まさか」


「こんなとこに高いモンなんか置くわけねえだろ」諸星くんと滝沢くんの小声のやりとりを小耳に挟みつつ、工藤先生へと歩み寄る白馬くんを追う。今更だけど白馬くん、相変わらず堂々としてるよなあ。普通作家さんとか有名人だったらもっと緊張するものだろうに。きっと彼は緊張より好奇心が勝るのだろう、何事にも。
隣を見ると紅子ちゃんも姿勢よく高いヒールを会場の床に響かせていた。この二人の肝の座りようは似たところがあると思う。綺麗な二人の堂々とした姿はわたしの憧れで、すきなところの一つだった。けれど途端に自分がひどく見すぼらしく思えて、反対に彼らは眩しくて、


「アンタ残念だな。どう考えても探くんとこの人のほうがお似合いだぜ」


わたしは諸星くんの台詞を思い出していた。


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