列を作っていた手荷物検査と金属探知機を通過し、大広間に着いたときには会場は人でいっぱいだった。マスコミの姿はもうないので落ち着くけれど、周りの人々が軒並み大物感を醸していたので別の意味で肩肘を張ってしまう。入ってすぐ右手には屋内に造られた池と岩辺に佇む男女五人の戦士のブロンズ像が大きく飾られていて一際存在感を放っていた。彼らが大剣や三叉槍などの武器を携えているからか、その造形物は西洋のパーティメンバーを連想させる。入り口の正面にはステージがあり、天井には垂れ幕で「祝 コクーン完成披露パーティー」とある。

感嘆の溜め息をつくばかりだ。会場風景を無言で眺めていた現在、わたしは一人である。
白馬くんが知り合いへ挨拶回りに別れたまではよかったのだけれど、そのあとすぐ、なんと紅子ちゃんとはぐれてしまったのだ。二人で立食パーティという名のバイキングを楽しんでいたら知らない男の人が紅子ちゃんへ声をかけてきて、それに紅子ちゃんが応対しているとまた別の人が割って入るように話しかけてきて、また……と、あっという間に紅子ちゃんの周りには若い男の人たちが集まった。スーツのバリケードである。わたしはというともちろん蚊帳の外で、突然の出来事にサーモンのマリネの乗ったお皿を片手に呆気にとられてしまった。あんまり漫画みたいにテンポよく人が加わってくるんだもの。呆然としてしまったよ。
助けなきゃと思ったときには紅子ちゃんは逃げるように姿をくらませていて、わたしがバリケードの一番外側の人の肩に手をかけた時点で中心には誰もいなくなっていた。周囲にたかっていた男の人たちと一緒にキョロキョロと辺りを見回すも、彼女の姿はどこにもなかったのだ。

ということで、わたしは一人なのである。連絡を取ろうにも貴重品は一式カウンターに預けているからそれも難しい。使わないよねと高をくくって携帯まで渡してしまったのが悔やまれる。合流できなくなっちゃうといけないので、その場から動かずひたすらサーモンのマリネを食べているのだけれど、あれから十分ほど経った今も紅子ちゃんが戻ってくる気配はなかった。どうしよう。ごくんと嚥下し、近くを歩いていた緑のジャケットにオレンジと赤のストライプ柄のネクタイをきっちり締めた男性ウエイターさんに、お皿とフォークを返した。
……だいたい、あの男の人たちなんなんだ!いくら紅子ちゃんが綺麗で大人っぽいからって、紅子ちゃん高校生だよ!あの人たちどう見ても社会人だったし、ちょっと見境いなさすぎるんじゃないか?!紅子ちゃんも戸惑ってたし、それ気にせずアプローチがんがん行くのどうかと思うよ。全然紳士的じゃない。紅子ちゃんはどこに行ってもモテモテだからその光景は慣れたといえば慣れたけど、同じパーティ会場でもこないだの怪盗キッドのマジックショーが見れるかもってときは、あんまりそういう人たちいなかったよ。まああのときはさすがに年齢層が高めだったし当然かもしれない。
ああでも、あの日のことはあんまり思い出したくない……。

そばの壁に寄りかかって俯く。あの日女子トイレで見た光景はかなりのトラウマものだった。今でこそ紅子ちゃんも佐藤刑事も全快して元気だけれど、きっと二人には銃創とか手術の痕が残ってるに違いない。おそるおそる紅子ちゃんにそのことを聞いたときは、目を逸らして「大丈夫よ、綺麗に消えたから」と返された。きっと気を遣われたのだろう、だってまさか、そんなことあるはずがない。そんなことできるのはきっと魔法使いとかそういう不思議な「ぶっ!」


「やべっ」


突然横顔へ衝撃がやってきた。倒れそうになった身体をとっさに両足が踏ん張ったおかげでよろけるだけにとどまったけれど、とても痛い。耳と頬に思いっきりぶつかったせいで左耳ではキーンと耳鳴りがするし、口の中は少し切れてる気がする。若干涙目である。
耳を押さえながら何なんだ一体とそちらを見る、前に凶器が目に入った。それは床をコロコロと転がり、駆けてきた一人の少年の手に収まる。白と黒の球体。


「さ……?」


サッカーボールだ。どう見てもサッカーボールだ。わたしの横っ面に直撃したのはサッカーボールだったのだ。いやいや、いくらなんでもおかしくないか…?なんでパーティ会場でサッカーボールが飛んでくるの?そしてボール拾った少年もなんで訝しげにわたしを見るだけなんだ。


「おーい諸星ー」
「おーワリ。続きやろーぜ」


しかもあっさり振り返って、後ろから来た同い年くらいの男の子に応答する彼。あんまり悪びれないもんだから一瞬納得してしまいそうになる。完全に背を向けられそうになる寸前で、「あっ」と声が出た。こちらに顔を向けた色黒の少年が、右の眉を上げる。「…あ?」さも、声をかけられた意味がわからないと言ってるようだった。な、なんで……え、わたし怒っていいよね……なんでこの少年こんな堂々としてられるの?!自信なくなるよ!


「……ていうか、こんなところでサッカーするのよくないと思うよ!」
「はあ?アンタ何様だよ?オバさんのくせに」
「おば……?!」


は、初めて言われた!わたしまだ高校生なんだけど!さすがにオバさん呼ばわりされる歳じゃないよ!うろたえるわたしにいい気になったのか少年はフンと鼻を鳴らし、ほとんど変わらない目線のわたしを見遣った。なんでだろう、わたしのほうが若干は高いはずなのに、見下されてる気分だ。気付けばわたしと対峙している色黒の少年の周りには、同じく身だしなみの整った少年が三人、駆け寄ってきていた。「諸星、誰こいつ」「知らね。なんか絡まれた」まるでわたしが理由もなく突っかかってる奴みたいだ!ええ、何なんだこの子たち…!ここまでくると逆に大物すぎないか?!


「つかアンタ、ほんとに招待客かよ?」
「な、」
「にしては品がねえよなあ」


小馬鹿にしたように言い放つとアッハッハと笑いが起こる。周りの三人は友達なんだろうか。四人とも違うタイプに見えるけど、それぞれの胸元にコクーン体験者のバッジをつけてるところを見るといいとこの坊ちゃんであることは間違いなかった。…いや、それは置いといて、「服も着る人間を選ぶってほんとなんだね」だんだん、「馬子に衣装着せても無意味なのがよくわかるぜ」わたしのはらわたが……、


「はっきり言って、アンタ場違いだぜ?」


…………。


「……こ、このやろ〜〜!」
「うわキレた」


なんだよこいつら〜〜…!どれだけ由緒正しい家の子なのか知らんけど失礼すぎるよ!わたしがもっと凶暴だったらこいつらのバッジむしり取ってバルコニーから投げ捨ててたよ!年下相手とはいえ本気で怒りたくなるよ!どんな育ち方したんだ!「だいたい君ら!」怒るわたしを面白がってケラケラ笑う少年たちに説教の一つでもくれてやろうと一歩詰め寄る。「ボールぶつけた相手に謝りもしな…」


さん?」
「秀樹」


バッと振り向く。色黒の少年も振り向いた気がする。視線の先では、少し離れたところから白馬くんと男の人がこちらに歩み寄ってきていたのだ。…た、タイミング…!


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