忍び足でホームズたちの下宿先をあとにした僕たちは再び夜のロンドンを歩き進んでいた。夜はすでに深まっていたが人通りはゼロではなく、馬車も時折見かけるほどだ。さすがに僕たちのような子供の集団がうろつく時間でも場所でもないため少なからず浮いているように思えたが、これもゲームのプログラム上か通行人に咎められることはなかった。
全員がついてきていることを確認しつつ地図で確認した通りロンドンを南下していくと、その存在はすぐに現れた。そう、このロンドンで最も映える時計台。また気付かないうちにショートカットされたらしい。煌々とライトアップされるビッグベンを見上げ、かすかに眉をひそめる。時計盤は0時30分を指していた。


「あと三十人か…」
「もう二十人脱落しちゃったってことよね…」


「そもそも、ここじゃ誰もゲームオーバーになってねえからわかんねえけど、何したらダメなんだろな?」滝沢くんと菊川くんのやりとりを聞きながら思考する。彼の言う通り、僕たちはこのゲームの脱落条件を知らされていない。ここまでゲームオーバーになりそうなことをしていないためはっきりとしたことは言えず、最低限命を落としかねないことは避けるべきだろうというくらいだった。


「他のステージはストーリー上ゲームクリアまでに戦闘や危険が伴うことがある意味約束されていますし、単純に年齢層で見ても、僕らより脱落者が多くても仕方ないかと」
「じゃあみんなこっちにすりゃよかったのにな」
「そうとも言えませんよ。僕たちが捕まえなくてはいけないのは、ロンドンを恐怖のどん底に陥れた、殺人鬼なんですから」


「いつかは接触することになるでしょう」正面を向いて予見したことを述べると、少年たちが息を飲んだのが気配でわかった。また怖がらせてしまっただろうか、しかし危機感を持ってもらうには丁度いいだろう。何せここから先、今までと同じようにはいかないのだから。


「わたしたちが七人で、残り二十三人…他のステージ、下手したら二、三人にもなっちゃってるかもしれないんだよね。心細いだろうなあ」
「他の心配する余裕があるなら、一刻も早く殺人鬼とやらを捕まえましょ。そのほうが断然為になるわ」


さんと紅子さんの声を背中で聞きながら、自分も気を引き締め直す。そう、先ほど言った通り年齢層で比較しても他のステージより圧倒的に有利なのだ。人数は少ないものの、プレイヤーの単純なスペックはズバ抜けている。ストーリーにも馴染みがあり、現時点で手立てがなく先がまるで見えない、ということもない。どう考えても、このステージでのゲームクリアが一番現実的だろう。もちろん他のステージでもゴールするに越したことはないが、どうだろう。小学校中学年から低学年にかけての参加者の姿を思い出し、その可能性が低いことを予想する。……考えても無駄か。他のステージがどうであれ、僕のやることは変わらない。





繁華街に紛れ込むトランプクラブという大衆酒場を見つけ、入り口付近で立ち止まる。ガス灯に照らされ辺りは一定の照度を保っているが、やはり深夜独特の薄気味悪さは充満している。聞き込みで得られる情報はあるだろうか?人通りはわずかながら見受けられる。少し離れた十字路には男性二人の姿があり、声をかけようか一瞬躊躇した。…いや、とりあえずよしておこう。まずはトランプクラブの中を確認したい。その旨を全員に伝え、頷いたのを確かめたのちドアの隣にはめ込まれた窓へ移動する。
もしここに警察がいたらさすがに見咎められるだろうか。密かに思いながら、壁に身を隠し窓から中を覗く。さすが夜の酒場なだけあり客入りは上々のご様子。いくつかあるテーブルだけでなくカウンターまで男で埋まっている。一通り確認し、右隣の窓へ移動した。


「……」


こちらから見える風景は一変していた。同じ空間であることを疑いたくなるほど、先ほど見えた酒場の雰囲気とはまるで異なっていたのだ。男たちが集い好きに酒を飲む混沌とした様子とは対照的に、こちらでは綺麗に磨かれた長テーブルが一つ置いてあるだけで、スーツを着て身だしなみを整えた四人の男が酒を飲みつつトランプをしていた。賭け事でもしているのか、奥の二人が向かい合ってポーカーをしているのを、手前の男二人が観戦している。別室かと思い覗き込むが、隣の窓から見えた空間とは腰より高い仕切り壁があるだけで同じ店内であることは間違いないようだ。これがこの店の常なのだろうか。根城というくらいだから足繁く通っているのだろう、彼は。


「なあ、モラン大佐って奴、いんのか?」


頭を出して覗き込む秀樹くんを一瞥し、壁へ身を隠す。「右奥に座っている男性だと思います。確認したら隠れてください」言われた通り秀樹くんたちは窓を覗いて確認するとすぐさま距離を取った。さんたちも確認するか問うと、大丈夫だと返された。あまり気乗りしてないように見え、強いるものでもないからとそれ以上は言わなかった。


「太った白毛のおっさんだよな?」
「…ええ。おそらく」


顔写真を確認したわけではないが風貌からして間違いないだろう。もしかしたらここにいる全員、彼の息がかかった連中かもしれない。だとするとやはり下手なことはできない。…いよいよこのステージも荒事の予感がしてきたな…。
再度店内を覗く。奥に裏口を確認し、この店の構造をなんとなく把握する。なるべく揉め事を起こさず目的を果たしたいところだが、最悪の事態も容易に想像できる。逃げられるとしたらあそこだろう。事前に開かないようつっかえ棒でも仕掛けたいところだが、内開きだと外側からでは意味がないだろう。ここで僕らが二手に分かれるのは得策ではないが、致し方ないか…?
と、一番手前に置かれたものに目が行った。長テーブルの一番窓寄りの席に、ワインとワイングラスがきっちり揃えて置かれていた。誰かのために用意された席だというのは一目瞭然だ。さらに、その空席のイスが他の客が座っているものとは明らかに違う、装飾があしらわれた豪奢なデザインのものだと気付く。

(………)得られた情報から推理していくと、ある結論に辿り着く。やや御都合主義か?しかし僕はすでに確信していた。固唾を飲み込む。不安と期待で、心臓が高鳴るのを感じる。……ああ本当に、こんな状況でなければ僕は。


モリアーティ教授が今日、ここに現れる。


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