「どこか話せるところに移動しましょう」白馬くんの提案で事件現場を離れることになったわたしたちは、人々のざわめきを隠れ蓑に通りをあとにした。
移動する最中、先導する白馬くんはすぐ近くで何かの標識を確認したと思ったら苦い顔をし、それからすぐに考え込むように顎に手を当てて歩き出した。どうしたんだろうと思いつつ声をかけるのは躊躇われて、わたしや紅子ちゃんたちはそれぞれ、ゼロといってもいい情報の中犯人を捕まえる手立てを挙げていた。もちろんその道の素人であるわたしたちの会話なので、出てきたアイデアは突拍子もないことばかりだったけれど。



「ねえ、やっぱりあの警官たちに話を聞いたほうがよかったんじゃないの?」


十分ほど歩いて腰を落ち着けたのは小さなアーチ橋の上だった。周りに建物は建っているものの人目はなく、こんな夜中に十代の子供が寄って集まってることに懐疑を抱く住民はいないようだ。諸星くんたちは疲れたのか、橋の上に座り込んだり寄りかかったりして休憩していた、矢先、紅子ちゃんが口火を切ったのだ。
ここに来るまで必要最低限のことしか口に出さなかった白馬くんに痺れを切らしたように、紅子ちゃんは腕を組みながら白馬くんに詰め寄る。誰を見るでもなく考え込んでいた様子の白馬くんはその声でようやく顔を上げ、まず静かに首を振った。


「彼らから見たら僕らはただの子供です。一般人に情報を流すほど警戒心は低くないですよ、こんな状況だから余計ね」
「…それなら、どうやって情報収集するつもりだったのよ」
「最初に考えていたのは聞き込みです。被害者の同業の女性や事件現場付近の住民だったり…被害者の名前や大体の殺害現場はわかっているので」
「それはあなただけじゃない。普通の参加者は知らないわ」
「ええ。僕もすっかり頭から抜け落ちていたんですが…」


二人のやりとりをハラハラしながら見守ることしかできない。紅子ちゃんが怒ってるように見えるのだ。白馬くんは気付いてないのか、物ともせず受け答えしてるから余計落ち着かない。諸星くんたちもどうしたと言わんばかりに身を乗り出して二人を見ている。


「ノアズ・アークが言っていたでしょう。お助けキャラがいるから頼りにするといい、と」
「…ええ、言ってたわね。なに?この数十分でどこに行けばお助けキャラに会えるのかわかったっていうの?」
「はい」


明快な答えに紅子ちゃんがたじろぐ。白馬くんはここに来るまでの間、お助けキャラの当てを考えていたんだろうか。先頭を歩いていた白馬くんを思い出すと、張り詰めた雰囲気の中、どこか興奮を隠しきれてないというか、目が爛々としていたようにも見えていた。「ヒントは、さっき警官が言っていた、レストレード警部…」「えっ?」唐突に挙がった名前に反応してしまう。驚くわたしと目を合わせた白馬くんは笑みを深め、頷いた。


「そう。おそらくここは現実とフィクションが混ざった世界……あの名探偵、シャーロック・ホームズが存在する世界だと思われます」
「お助けキャラがホームズってことか?!」


滝沢くんもホームズを知っているようだ。「レストレード警部ってのもホームズの小説の登場キャラだったんだなー」「ホームズがいれば百人力ね!」江守くん、菊川くんも途端に元気が出たようにはしゃいでいる。諸星くんだけは後ろのほうで橋の柵に寄りかかったまま、彼らを見守るように笑みを浮かべていた。こういうことでははっちゃけない質らしい。意外だなあと思い見ていると、彼は突然ハッと顔を強張らせたと思ったら、地面を見るように俯いてしまった。具合でも悪いんだろうか?それにしては俯いた目が、冷たくて怖い、ような。声をかけようか迷っていると、そのうち気が付いた菊川くんが諸星くんに駆け寄って肩を叩いたので、大丈夫そうだと思い白馬くんたちの話に戻った。


「諸星くん、具合悪いの?」
「…あ?べつに」
「ボーッとしてたから…」
「何もねーって。ちょっと考え事してただけだから」


お助けキャラがあのホームズだとわかるとみんなもいくらか安心できるみたいで、さっきまでのお先真っ暗な雰囲気はどこかに消えていた。紅子ちゃんも肩の力を抜いて静かに息を吐いていた。こんな状況じゃ気を張ってしまうのも無理はないだろう。不安だったに違いない。

何でも、小説の中でシャーロック・ホームズが活躍した時代は現実でジャック・ザ・リッパーが現れた時期と被っているらしい。自分で読んでるときは時代とか頭に入れてなかったから知らなかったけども、思ったより凝ったシナリオのようだ。さすがは工藤先生といったところなのかな。


「じゃあ、これからホームズに会いに行けばいいのね?」
「あ、はい…それなんですが…」


気を取り直して、というように紅子ちゃんが問うと、今度は一転して白馬くんが言いにくそうに口ごもらせた。バツの悪そうに苦笑いしながら目を逸らす彼になに?と眉を上げる紅子ちゃん。わたしといえば、言い淀む白馬くんが珍しくて目を丸くしてしまう。どうしたんだろう?


「ここはイーストエンドのホワイトチャペル地区……ホームズとワトソン博士が住んでいるベイカーストリートまで、かなりの距離があるんです。…歩いているうちに夜が明けてしまう程度には」


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