放課後、お母さんに頼まれたおつかいのため駅のデパートに来ていた。切り花やパンや化粧水などの雑多な注文に首を傾げつつ、なかなか寄らないここをわたしは存分に歩き回っていた。
 ふと携帯を確認すると時刻は夜の七時を過ぎていて、随分長居していたことに気付かされた。外はすでに暗くなっている。夕ご飯はもうできてるだろうし、そろそろ帰らないと。実は頼まれたものはもう買い終えているのだ。案外早く終わったし、せっかくだからとすきなお店をぶらぶらしていただけで、洋服屋さんを何軒かひやかしたあとは大きめの書店で漫画や本を眺めていた。読みたい本はいくつかあったけど買うのはまたの機会でいいや。思いながら、広い書店の奥の方にいたわたしは入り口へ足を向けた。
 少しだけ見えたそこに何やら人だかりができている気がしたけれど、特に気にせず進んでいく。と、やがてそこが封鎖されていることに気が付いた。

 え。驚いたのはそれをやっているのが警察と思われる人たちだったからだ。まるでここからお客さんたちを出すまいとしているようで、怒っている様子の男の人や泣いている子供を連れたお母さんの応対をしていた。なに、なんだろう。不安になりながら辺りをきょろきょろしていると、近くの女の人たちの会話が聞こえてきた。「傷害事件ですって」「私たち容疑者ってこと?やだ、帰らせてよね」……え?日常生活では聞き慣れない単語に身体が硬直する。じけん、が、あったの?ここで?だから警察の人たちが……でもなんでわたしたちなんだろう……。


「失礼、」


 不安に襲われ呆然と立ち尽くしていると、どこかで聞いたことのある声が耳に入ってきた。ハッとしてそちらを向くと、入り口付近で封鎖している警察の人に話し掛ける男子高校生が見えた。――あっ!学ラン姿の彼に見覚えのありすぎたわたしは、夢中で人だかりをかき分けそこへ近付いた。


「はくばくん!」


 間違いない、あの茶髪と独特の声は白馬探くんだ。このあいだ転入してきたばかりの彼はやたら存在感があって、さらに女の子たちに人気もあるから友達から何度も話を聞いていた。確かイギリスからの帰国子女で、頭がすごくよくて、それで、探偵をやっている、んだ。

 人だかりの一番前に飛び出る。ぱちりと目が合う。白馬くんはちょっと驚いてるようだ。そりゃー、人だかりからいきなり名前を呼ばれて現れたのがまるで親しくもないクラスメイトだったら、わたしも驚くだろうよ。


「あなたは……さん?」
「う、うん」


 今さら勢いで声をかけてしまったことが恥ずかしくなった。でも、たとえ白馬くんとしゃべったことが一度もなかったとしても、この心細い状況の中で少しでも顔見知りの人がいたことにわたしは心の底からほっとしたのだ。白馬くんはこちらに一歩近づき、申し訳なさそうに眉尻を下げて続けた。


「すみません巻き込んでしまって。すぐに解決するので、どうか少しの間だけ捜査に協力して頂けませんか?」
「うん!大丈夫だよ」


 白馬くんの落ち着いた言葉づかいにすっかり安心したわたしは大きく頷き、その後警察の人たちの指示に従って従業員用の別室に行き、身体検査をしたり事情聴取を受けたりした。一通り済んだあとお母さんに電話で遅くなることを伝えると、「今日は唐揚げだから気を付けて帰ってきなさいね」とだけ言われた。文章としてちょっとおかしい気もしたけれど、あとで考えるとこのときお母さんも、娘が事件に巻き込まれて少なからず動揺していたのかもしれない。
 途中、何かの線引きで帰宅の許可が降りた人たちもいたけれど残念ながらわたしはそれに該当しなかったらしく、十数名の容疑者の中の一人となってそれなりに緊張しながらも、警察に混じって捜査を進めていく白馬くんをじっと見ていたのだった。
 緊急事態の中、もはや心の拠り所は白馬くんだった。彼による質問を変えた事情聴取が行われたあと、クラスメイトのよしみでさりげなく話しかけて安心させてくれる彼は本当にありがたかった。友達が、白馬くんは女の子に優しくてほんとに紳士なんだよと言っていたのをしみじみ思い出す。わたしも一応疑われてるはずなのに、本当に優しい人だなあ。

 そんなことを考えながら、従業員の控え室にある壁掛け時計が八時半を指した頃、事態は動いた。どこからか戻ってきた白馬くんが犯人を突き止めたのだ。犯行の手口や証拠を並べた彼は、「犯人はあなたです」と一人の男性へ向けピッと指さした。そして膝から崩れ落ちたその人の元へ歩み寄り、「一つだけ聞きたい。何故こんなことを?」そう問い掛けたのだった。

 その光景を、ドラマのワンシーンのように見ていた。そのあと警察の人たちによってようやく解放されたわたしは、地面に足がついていないようなふわふわした感覚で控え室をあとにしたのだった。
 なんだか、すごい体験をしたなあ。事件が自分の身の回りで起きるなんて思わなかった。無事解決してよかった。唐揚げ食べたい。頭の中でいろんな気持ちがふわふわ浮いていた。その中でも、ひときわ大きく存在を占めていたのが、


さん」
「、白馬くん」


 そう、白馬くんだ。

 追い掛けてきてくれたらしい、振り返ると彼は最初と同じように申し訳なさそうに眉尻を下げていた。


「時間をとらせてしまってすみませんでした。犯行の手口からあなたではないとわかっていたのですが、犯人を油断させるため残っていただいていたんです」
「え、そうだったんだ。全然大丈夫だよ。それより白馬くんすごかったね!本当に探偵さんなんだ」
「? ええ、」
「すごくかっこよかった!ありがとう!」


 控え室で待っている間見ていた白馬くんは学校とはまた違った雰囲気を漂わせていて、凛とした空気はわたしの視線を釘付けにした。心細かったのももちろんあったけれど、白馬くんが頼もしくてしょうがなかった。
 率直な感想を伝えると白馬くんは満足げに笑った。その笑顔がまたかっこいいからずるい。言われ慣れてるんだろうなあ。自分が滅多に褒められる人間でないのでそこのところはわからないけれど、とにかく白馬くんが悪い気してないのなら問題ない。


「もう遅いですし、家まで送りましょう」
「え?!いいよいいよ!白馬くんこそお疲れさまだよ!」
「ですが……」


 すごい、最後まで紳士だ。まさかそんなところまで頼るわけにもいかないし、深夜でもないこの時間に危機感も何もない。一人で帰れることを全力でアピールするため、片手で拳をぐっと作ってみせた。


「今日の夕飯唐揚げだから大丈夫!ばいばい!また明日!」


 このときは気が付かなかったけれど、まったく意味不明な理由だ。白馬くんを目の前にしてわたしも動揺していたのだ。


「……はい、では」


 どうりでこのとき手を振った白馬くん、変な顔してると思ったよ。


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