ひらひらと手を振り、教室を出ていくを見送る。その姿が廊下に消えたのを確認し、ある人物へ目を向けた。周りのクラスメイトも続々といなくなっていく中、その男も教科書やノートをカバンにしまい帰宅の準備をしているようだった。……白馬探。
 黒羽くんと中森さんが教室を出るのを横目に、つい先日転入してきたその男へ歩み寄っていく。と、丁度、クラスの女子に挨拶を返していた彼の教科書が反対側を通っていた男子生徒のカバンに当たり机から落ちた。しめたと思った私は駆け寄り、それを拾い上げる。彼の後ろで彼への謝罪と私への視線を寄越す男子生徒は放っておき、彼に笑顔で差し出した。


「はい、どうぞ?」
「ああ、ありがとうございます」


 私と目を合わせ、同じように微笑んで受け取る彼。……ああやっぱり。予想はしていたから動揺することはなかった、わけじゃないけれど、きっと表には出さずに済んだでしょう。それじゃと軽く挨拶をして、そのまま教室を出た。
 一人で廊下を歩いていると、笑顔は知らない間に消え、口を尖らせているのに気が付いた。まるで子供みたいだわ。

 家に着き、暗い部屋で水晶玉と向かい合う。自然と浮かび上がるそこには、さっき見たのと同じ白馬探と、


……」


 随分情けない声をしていた。この間までは見えなかった彼女の隣の人物が今でははっきり見えるのは、彼女とこの男が出会ってしまったからだろう。震える息を吐き出し、それから部屋を出る。
 予感は外れてほしかった。まだだと思いたかった。


「よろしかったのですか、紅子お嬢さま」


 そばに控えていた召使いを一瞥し、目を伏せる。いずれこうなることはわかっていた。そう、わかった上で取ったこの選択を悔いているわけではないのだ。「……いいのよ」ただ、どうしようもなく寂しい気持ちが、心を支配していた。


「あの子の運命の人の心なんて、いらないもの」


 純粋に私を好いてくれる、まっすぐなが私も好きだった。大切だと思った。だから、その子がいつか出会う、心から愛する人と幸せになれるように。その人の心を、逃がしたのだ。

 世界中の男はみんな私のものよ、でも、間違っても、の邪魔はしたくない。まさかそれで、に嫌われてしまうなんてことがあったら。考えるだけで怖かった。

 ぼんやりとしか見えなかった運命の人の心を逃がしたとき、水晶玉はと運命の人の出会いはまだ先だと言っていた。あれからもう随分経った。ついに、このときが来たのだろう。水晶玉によれば二人が近づくきっかけはもうすぐらしい。
 ……祝福、しないと。きっと逆の立場だったらはそうする。魔女という秘密も言えない私と一番の友達だと嬉しそうに笑うあの子を、私は一番そばで祝福するのよ。………。


「……はあ」


 まるで恋してる気分ね。今度は呆れたように息を吐く。心は随分落ち着きを取り戻していた。
 ま、私のを簡単にあげるのはシャクだし、背中を押してなんかあげないんだから。どうやって距離が近付いていくのか拝見させてもらおうじゃないの。ホホホと口に手を当て笑うと、後ろの召使いが「しかし紅子お嬢さま、」と続けた。


「逃がした上で彼がお嬢さまに好意を持つ可能性もございます。いっそのこと彼の心をさまに向けてしまってはいかがでしょうか?」
「それじゃあだめよ」


 そう言って正面に向き直り、スタスタと広間へ向かう。そもそも逃がさなくたってきっと、いずれ彼とは結ばれるのよ。ただの悲しむ顔が見たくないだけ。彼の心をいじってまで成就のお膳立てなんてしてあげないわ。

 ……それに。ふ、と笑う。

 魔法でムリヤリ心を盗んでも、でしょ、キッド。「まあ、あなたには容赦なんてして差し上げないけれど」


3│top