「関西代表なんやから、負けたら許さへんでーー!!」 向かう先で女の子の声が聞こえたと思ったら、彼女たちの目の前に泊まっていた小さな船が出航した。嫌な予感がする。一瞬足を止めかけ、すぐさま駆け寄る。港の海沿いを走って行くと彼女たちはすぐにわたしに気がついたようだった。年上の女の子二人と保護者らしいおじさんの前で立ち止まり、上がる息を整えながら、ショルダーバッグの紐をぎゅっと握る。 「あ、あの、探偵甲子園って番組の船、もう出ちゃいましたか…?」 おそるおそるした問い掛けに、ポニーテールの女の子は目を丸くし、ロングヘアの女の子は気の毒そうに眉をハの字にして頷いた。「ええ、ちょうど今……あの船がそうでしたよ」まっすぐ海を指す彼女の右手をゆっくりと追う。彼女の言う船は、思った通りさっき出航したそれで間違いなかった。……ああ、間に合わなかった…。「すみません、ありがとうございました」お礼を述べ、肩を落とす。踵を返しながら大きな溜め息をつき、こんなことならちゃんと時間聞いとくんだったと後悔の念が押し寄せてきた。 事件の依頼を受けたと言って白馬くんがイギリスに行ってから二週間が経ったおととい、ようやく明後日帰国すると言った彼との電話で今日のテレビ企画のことを聞いたのだ。もちろん企業秘密とやらで詳しいことを聞くのははばかられたけれど、どうやら彼は日本で有名な高校生探偵を集めて推理勝負をする「探偵甲子園」という日売テレビの企画番組に出演することになったらしい。なんでも関東には以前から有名なナントカくん(名前なんだったかなあ…)という探偵がいて、白馬くんはその彼の代役で東の代表として出演するらしい。イギリス生活が長かった白馬くんだけれど、でも最近は東京でいろんな事件に関わってるんだし、もう少しあとにこういう企画があれば東の代表は堂々と白馬くんになっていたことだろうと思う。 代わりというのに心を痛めたばあやさんの気持ちがわかるなあと思いながら激励したのがおととい。テレビ企画のことは、実は明日の夜のお食事のお誘いを受けたついでに聞いたものだった。世間話の一環だったので、港からの出航は夕方というアバウトな時間でしか伝えられていなかった。そうだ、お見送りに行こう!と思い立ったのがついさっきのお昼、電車に乗りながら白馬くんに連絡してみたけれど返信はまだ来ていなかった。きっと収録の準備で忙しくて見れていないんだろう。 しかし、明日会えるといってもこの空振りはダメージが大きかった。完全に自業自得なのだけれど。 「あの、もしかして、番組に呼ばれた探偵さんですか?」 あまりに悲壮に満ちた顔をしていたのか、乗り遅れた出演者だと思ったらしくロングヘアの女の子が心配してくれた。「や、違うんですけど…」振り返り、力なく笑う。 「お見送りに来たんです。間に合わなかったんですが、あはは…」 「そうなん?ほなさっきの船に乗ってた人たちの?」 「はい…」 「そら残念やったなあ。明日帰ってきたときは一番に迎えてあげんとね!あ、ほんならあたしらと一緒にホテル行かへん?」 「そうだね、まだ空きあるかもしれないし!」 「へ?」 二人の女の子の勢いに飲まれかける。状況はよくわからないけれど、この人たちがすごく社交的で親切だという印象は受けていた。彼女たちもお見送りに来たのだろう、保護者のおじさんと何度か話し、それからわたしに振り返ると手を握った。 「とりあえずチェックインしに行くみたいだから、行きましょ!…あ、でも見送りのあと何か用事があったりしますか?」 「な、いですけど、あの、ホテルとは…」 「出演者の付き添いの人のためにホテルが用意されてるんですって。明日の収録後に迎えに来てほしいそうで」 なるほど、それでホテルに空きがあるかという話になるのか。車で三十分くらいのホテルだと言う彼女の心遣いに感動しながら頷き、お言葉に甘えて付いて行かせてもらうことにした。もちろん泊まる予定なんてなかったため宿泊の準備は何もないけれど、いざとなれば周りのお店で買えるだろう。部屋がなかったらおとなしく帰るつもりだけれど、このまま手ぶらで帰るのはいささかもったいないと思ったのだ。 「あたし遠山和葉!大阪育ちの高二やで」 「わたしは毛利蘭。和葉ちゃんと同じ高二です。こっちは父の毛利小五郎です。探偵をやってるんですよ」 「あっ、です!わたしも高二です」 「同い年やん!タメ口でしゃべってえなー!」 前を歩く毛利さんに続いて三人並んで駐車場へと向かう。年上っぽいのに同い年とは驚いた。でも確かに紅子ちゃんも同級生とは思えない大人っぽさだから、女子高校生とは侮りがたい年頃なのかもしれない。しみじみと和葉ちゃんに頷く。 「すごい偶然だね、それで高校生探偵の友達までいるんでしょ?…東西南北から四人で、西が服部くんだから……南か北の探偵さんね!結構遠いところから来たんだ」 「え、いや、わたしの友達は東の代表って聞いたけど…」 「え?!」 「だ、誰なん?!工藤くんやのーて?!」 工藤くん?首を傾げた瞬間、おとといの記憶が蘇る。「工藤新一くんの代わりに出演してほしいと頼まれたらしく、」くどう、しんいちくん! 「工藤くんだ!」 「えっ?!」 「ええ?!」 「……え?」 三人で目をまん丸にした。 |