しばらく練習を続けたあと、仮装の衣装を決めにロッジへ戻った。いつの間に用意されたのか、ロビーには着ぐるみやコスプレなどの衣装が所狭しと並んでいて、わたしと白馬くんは苦笑いを浮かべるしかなかった。白馬くんもこういう催し物にはあまり興味が湧かないらしく無難な衣装で無難に終わらせられればいいだろうとのことで、わたしももっぱらそれに同意した。

 衣装を確保したあと紅子ちゃんはどうなっただろうときょろきょろ見回してみたのだけれど姿が見つからず、白馬くんに彼女を探しに行く旨を伝えて割り当てられた部屋に戻ることにした。あと一時間で催しが始まる。大会のコースとなるポイントでの練習も何度もやったし、変なことさえ起きなければみんなの前で醜態を晒すこともないだろう。そのくらいの自信が持てる程度には上達したことをぜひ紅子ちゃんに報告したかった。午前中親身に付き合ってくれたことのお礼もしたいと思ったのだ。彼女も言っていた通りコツさえ掴めればあとはスムーズだった。きっと一番下手くそで指導側には面倒くさい時期に紅子ちゃんにお世話になったのだと思う。
 思いながら、カフェテリアを後にする。行き違うことになったら嫌だからと考えられる場所には顔を出してみているのだけれど、ここも違ったか。黒羽くんがいればと思うも彼の姿も見当たらず、やっぱり部屋だろうとの確信を抱きながら階段を降りて行った。
 ふと、廊下の突き当たりにのれんが見えた。どうやら奥に混浴と噂の温泉があるみたいだ。本当に残念だ、混浴じゃなければぜひ入りたかった。せめて男子が絶対にいないっていう時間帯があればなあ、と思っていると、向こう側からのれんをくぐる人が現れた。入ってる人いるんだ!内心驚いていると、その人物が今二番目に探している男の子であることに気がついた。紅子ちゃんのペアの黒羽くんである。何かに追われているかのように慌てて走ってくるその人に声をかける。


「黒羽くん!」
「んお?!ゲ、…!」
「あのさ、紅子ちゃん知らない?」
「知らねーよ!わり、ちょっと急いでっから!」


 そのまま通り過ぎようとした黒羽くんは、あっと何かに気付いたらしくUターンしてまたわたしの前に戻ってきた。


「いいか、今俺が温泉にいたこと、ぜってー誰にも言うなよ?!」
「え、なんで?」
「なんでも!わかったな…」
「う、うん…わかった」


 黒羽くんの剣幕に圧倒され頷く。よし、とわたしの肩にポンと手を置いた彼はそれから再び急いで廊下を走り去って行った。……なんだろう。人知れず首を傾げていると、またもや奥ののれんから人影が現れた。いよいよ目をまん丸にして振り向くと、そこから出てきたのはなんと、青子ちゃんや恵子ちゃんたち女の子四人だったのだ。瞬時に黒羽くんの意図がわかり、ピシリと固まる。自分は悪いことしてないのに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。まるで共犯者にされてしまった気分だ。
 ……でも今回は、黒羽くんの言う通りにしよう。知らぬが仏というやつだ。というかよくバレなかったなあ黒羽くん、さすが女子更衣室覗きの手練れなだけある。彼女たちには軽く手を振ってその場から去り、わたしも黒羽くんと同じように小走りで部屋に向かった。

 部屋に到着する手前で一番の目的の人物とは再会できた。紅子ちゃんはシックなドレスに身を包み、髪の毛をポニーテールで結わいた格好で歩いていた。それだけ見ると浮いてると思われるけれど、いかんせんうちのクラスメイトは至る所にいて、軒並み仮装の準備を整えているので彼女も別段目立つことはなかった。もちろん別の意味で注目を集めているけれど!すごく綺麗!


「紅子ちゃん可愛いね!すごい、お姫様みたい!」
「ありがとう、ホホホ…」
「黒羽くんと組むんだよね、頑張ってね!」
「ええ。も白馬くんと組むんでしょう?何の仮装をするの?」
「あ、えっとね…」


 言おうとしたけれど、紅子ちゃんを目の前にして言うのはどうにもはばかられた。白馬くんのはいいんだけど、やっぱりわたしのは変えてもらったほうがいいんじゃないかなあ……不相応すぎて、どうなんだろう。紅子ちゃんはよく似合ってるのに、わたしは何ていうか…。「?」どもるわたしに首を傾げた紅子ちゃんには、「本番でのお楽しみにしてて」と曖昧に笑ってごまかした。
 紅子ちゃんにスキー指導のお礼を伝えながら二人でロビーに向かい、着いたときには仮装したクラスメイトの比率がどかんと上がっていて、ちょっとした異空間とも呼べるくらい混沌としていた。人の形を保っているクラスメイトと人以外の何かに変装したクラスメイト(着ぐるみを着ているのだ)の数は半々といったところだろうか。ちょっと目が回りそうだ。


「おーい紅子ー!」


 紅子ちゃんの元にいち早く駆け寄って来たのは黒羽くんだ。彼はまだジャージのままらしい。一瞬のアイコンタクトののち(温泉の件なら誰にも言ってません)、「俺の仮装のことなんだけどよ、アレ変えていいか?誰かわからねーように顔隠してーんだ」「それは構わないけれど……何になさるつもり?」ハッ、お邪魔虫!折角二人きりになれるのに!空気を読んだわたしは断りを入れてさっと離れた。時間的にそろそろ着替えないといけない。どうしよう、と辺りを軽く見回してみたけれど、残っている衣装はどれも動きにくそうな着ぐるみばかりで、初心者としてはあれらを着て滑るのはきつそうだと直感した。……いいや、あれのまんまで。せっかく白馬くんが提案してくれたんだし、なるようになってしまえ。確保しておいたそれを抱え、女子トイレに駆け込んだ。


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