依然座り込んだままぐずっていたわたしの横に、また誰かがやってきたようだった。そのときわたしは俯いてべそをかいていたので、隣に来たのが誰なのかまでは判別できなかった。さっきの友達みたいに気にかけてくれたのだろう、申し訳ないな。
 思いながら涙をぬぐって顔を上げると、顔を覗き込むようにしてしゃがんだその人は、なんと、白馬くんだった。「ぎゃっ」予想外すぎて思わず声をあげてしまった。


さん、どうしたんですか」
「え、あ、」
「どこか怪我を…」
「違うよっ!」


 今白馬くんに心配されるのは余計みっともない。恥メーターが限界点を突破したわたしはピシャリと言い放った。強く言ったつもりはなかったけれど、目をぱちくりと瞬かせた彼の反応を見て途端に罪悪感に襲われる。うわ、八つ当たりか、わたし。


さん…?」
「ちがう、全然滑れないから嫌になっちゃって!でもスキー大会あるから練習しないとと思って、」
「なるほど、そうでしたか…。あの、そのことでお聞きしたいことがあるんですが」


 ギクリと固まる。な、なんだろう……「さん、もうペアの相手は決まってますか?」……えっ?


「き、決まってない…」
「本当ですか!よかった」
「え、あの、」
「よければ僕と組んでいただけませんか?」


 今度はわたしが目をぱちくりさせる番だった。はにかむ白馬くんから目を逸らせず、口はぽかんと開いたままだ。今何が起こっているのかわからない。白馬くんがわたしにペアのお誘いをしている?でも白馬くんはもう相手決まってるんじゃ……ていうかスキー滑れないわたしを誘うメリットとは……。


「で、でも白馬くん、もうペアの相手決まってるんじゃ」
「ああ、誘ってくださった方にはそう言って断りました。それ以外にもっともな理由が思いつかなかったもので。本当は真っ先にさんに声を掛けたかったんですよ」
「白馬くんスキー上手なのにわたしなんか、」
「そんなことは気にしないでください。僕はさんと組みたいんです」


 優しく笑う白馬くんに、止まっていた涙がぶり返してしまいそうだった。はあっと息を吸い、なんとか堪える。二つ目の疑問は正確には解決していなかったけれど、そんなのはもうどうでもよかった。諦めていただけに彼の言葉は本当に嬉しかった。「わたしも白馬くんと組みたい!」
 それに白馬くんがホッとしたように見えたのは気のせいだろうか。彼がありがとうございますと言って立ち上がったので、それに続いてよろよろと立ち上がる。優しい白馬くんに応えたい。こら、こんなところでべそかいてる場合じゃないぞ!


「白馬くん、わたし練習がんばる!」
「ええ、僕も付き合います」
「…ありがとう!」


 どん底だった気分はすっかり晴れていた。こうしてわたしは、白馬くん指導のもと、スキーの猛特訓を再開したのだった。



◇◇



 大事なところはできてる、あとは勇気を持って、下半身の体重移動を気にしながら、とのアドバイスを受け早一時間。わたしはなんとか、一番なだらかな坂ならゆっくり滑れるようにまで成長していた。一度もこけずにゲレンデの下まで辿り着き、はああと安堵の息をつく。「お見事です、さん」嫌な顔一つせずここまで付き合ってくれた白馬くんに色々な意味を込めてありがとうと返す。大事なところができてるのはきっと紅子ちゃんの粘り強い指導のおかげだろうなあ。いない彼女へも感謝の念を送っていると、上のほうから随分派手な滑りで降りてくる人影が見えた。――黒羽くんだ!


「ひゃっほーー!」


 華麗な彼の滑りは生徒の中でも特にうまいことがわかる。紅子ちゃんも白馬くんも上手にスイスイ滑るけれど、黒羽くんは技も織り交ぜているところからただの経験者でなく上級者であることもうかがわせた。わたしにはひっくり返ってもできなさそうだ。
 目の前で止まった黒羽くんはゴーグルを外し、そこでようやくわたしたちに気が付いたようだった。それはいいのだけど、なんでこっちを見てそんな嫌そうな顔をするのか。


「ゲ。と白馬」
「黒羽くんスキーうまいねー」


 でも突っ込むほどでもないだろう。それはさておき率直な感想を述べると、彼はすぐさま気分を良くしたらしく鼻を高くした。


「だろ〜?」
「うん、ウインタースポーツ全般いけそう」
「へへーんまあな〜!」
「おや、それならぜひ今度、君の華麗なスケーティングを披露していただこうか」
「ゲ」


 白馬くんが言うと黒羽くんの口元が引きつった。なんだ?黒羽くん、スケートが苦手なのだろうか?意外だなあと思っていると、「ま、まあそのうちな!そんじゃ」黒羽くんは体良くかわすといった感じにわたしたちの前から去って行った。背を向けた彼のウエアにハートマークのワッペンのようなものが貼られているのがなんだかおかしかった。意外と可愛いのつけるんだ。それはすぐに、フードで隠れてしまったのだけれど。
 彼を目で追っていると、その先のリフト乗り場に紅子ちゃんがいるのが見えた。紅子ちゃん、と名前を呼んで手を振るとすぐに気付いてくれて(もしかしたら先に気付いていたのかもしれない)、ひらひらと上品に振り返してくれた。それから黒羽くんと何やら話し始めた彼女は彼とペアの約束ができたのだろうか。紅子ちゃんの楽しそうな様子だとうまく行ってそうなので、心配しなくても大丈夫だろうなあ。


「白馬くん、黒羽くんがスケート苦手だなんてよく知ってたね」
「ええ、つい先日彼のそれを拝見する機会がありまして。彼らしからぬユニークな動きで愉快でしたよ」
「へえー…」


 なぜか勝ち誇ったように笑う白馬くんを見上げながら相槌を打つ。何だろう、二人でスケートに行ったのかな。勝手に黒羽くんは白馬くんのこと苦手にしてると思ってたけど、案外仲良しなのかもしれない。二人が仲良くスケートをしている姿を想像しようと思ったけれど、やっぱり全然できなかった。

 もう一度リフトのほうを見てみるとすでに紅子ちゃんと黒羽くんの姿はなく、代わりと言ったように青子ちゃんと藤江くんがそこにいた。


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