白馬くんと談話したあとはクラス全員で食堂に集合しお昼ご飯を食べた。それから午後の自由時間が始まるかと思いきや、なんとその場で先生からのサプライズが待っていたのであった。


「仮装スキー大会…」


 カラン、と、ドリアの器にスプーンを落とした。「各自パートナーを見つけてカップルで仲良く滑るのです!」先生の一人盛り上がる姿を遠くから眺める。食堂もガンガン暖かいはずなのに背筋はひんやりと冷たい。仮装、はこの際どうでもいいよ。スキーとは。パートナー…カップル…?三つのカタカナが重くのしかかる感覚に陥る。ここに来ていよいよ、後悔が最高潮に達した。やっぱり来たくなかった。
 周りのどよめきの中、恵子ちゃんが声を上げる。「先生、女同士じゃいけないんですか?」その質問に一筋の光が差したと思った、が、「だめです!」間髪入れず否定されがくっと肩を落とした。「カップルとは男と女が組むもの…夕闇に包まれたゲレンデに二本のシュプールを描く、そこは二人だけの世界。きっと青春の忘れられない一ページになるんだわ〜!」恍惚とした先生の言葉は聞こえない。とにかく我がクラスは、夕方に男女二人ずつでスキーをしなくてはならないらしい。解散の号令をした先生が去るより先に食堂がざわめきだす。話題はもちろん仮装スキー大会についてだ。誰と組むか女子同士男子同士の相談が始まったらしい。……わああああ憂鬱だああああ!!思わず頭を抱える。せめて、せめて女子同士でよければ、何としてでも紅子ちゃんに頼み込んでペアを組んでもらったのに。紅子ちゃんならいかにわたしが下手くそかをわかってくれてるから、気負いしないでいられるし、練習にも付き合ってくれただろう。
 思うと余計紅子ちゃんと組みたくなる。すがるように正面の彼女に顔を上げる、と、予想外にも彼女は不敵な笑みを浮かべてどこか遠くを見ていた。……あれ、紅子ちゃん、意外とこういうのすきなのかな?わたしも普段だったら楽しもうと意気込むところなんだけど、スキーはいけない。カップルなどというくくりもいけない。とにかく、どうにもクールなイメージのある彼女だから、こういう催しは興味なさそうに思ったのだけれど。やっぱり紅子ちゃんは奥が深いなあ。


、ちょっと行ってくるわね」
「えっ?」


 素直に感心していると唐突にそう言われ瞠目する。あっ、黒羽くんか!すぐに納得し、頑張ってね!と二つ拳を作り応援すると、紅子ちゃんはふふんと笑って「あなたも早く声掛けなさいよ?」と言って席を立ったのだった。男子も女子も声を掛けようかどうか尻込みし合ってる中いち早く行動に移す紅子ちゃんはやはり行動的だ。


 食堂は江古田高校の生徒で賑わっている。クラスの男子の大半はどうやら紅子ちゃんにペアを頼むべく彼女を追い掛けるようにして出て行ったけれど、ここでもそろそろと男女共にペアのお誘いが始まったようだった。もちろんわたしは席に着いたままである。お誘いも何も、滑れないんだからそれ以前の問題だ。きょろきょろ辺りを見渡すと、同じ初心者仲間の青子ちゃんもいなくなっているのに気がついた。……青子ちゃん、誰と組むんだろう。
 そうだ!あることに気が付いたわたしはピンと背筋を伸ばした。そう、確かうちのクラスは女子が二人多かったはずだ。うまくいけば余りの女子二人がペアになれ……あああ駄目だ今日インフルエンザで一人欠席してる……。いやでも、てことは女子が一人余るぞ。それわたしでいい……違う白馬くん転入してきたからやっぱり余りなしだあああ。
 再度頭を抱え途方に暮れる。どうしよう、夕方っていってもあと四時間くらいしかない。それまでスキーを猛特訓するのは必須として、ペア…ペアかあ……。
 ……いいや、どのみち男子も一人余るんだから、その人と組もう。誰になるかはいずれわかるだろう。そうまとめたわたしはパンッと両頬を叩き気合を入れて、荷物のある部屋に向かった。脱いでしまったウェアに着替えるのだ。

 食堂を出たところで、女の子のバリケードが見えた。男子のなら紅子ちゃんの周りでよく見るけれど、彼女たちが大勢集まっているのを目撃したのはこれが初めてだった。思わずそちらを凝視する。背の高い彼が、その中心にいるのが見えたからだ。


「……」


 口をぎゅっと一文字に結び、すぐさま反対方向に足を動かす。早歩きがいつの間にか駆け足になっていて、宿泊棟の部屋に着く頃には息が上がっていた。落ち着く暇もなくウェアに着替え、また部屋を飛び出す。
 ロッジに戻り貸出用の女性用スキー板を受け取って、数時間ぶりのゲレンデの雪を踏みしめた。そのまま急ぎ足でリフトに乗り込み初心者コースのそこに降りる。すうっと大きく息を吸い込むと、冷たい空気が肺まで届くようだ。そのまま吐き出し、よし、と再度気合を入れてスキー板にブーツを取り付けた。ザクザクと歩き、なだらかな坂まで辿り着いたところで勢い良くストックで斜面を蹴った。……あ、行けるか、も?!


「ぶえっ」


 思いっきりこけた。横にこけて身体半分を雪に突っ込んだ。滑走距離三メートルといったところだろうか。あまりにも情けなくて起き上がる気にもなれなかった。いや、情けなさだけがわたしの力を奪っているわけではないのだろう。倒れたまま脱力する。そのまま、ぼんやりと、周りの人たちがスイスイ滑っていくのを眺めていた。……いいなあ。
 と、背後から女の子たちの声が聞こえてきた。近くにいるのだろう、クラスの子たちだというのは声で判断できた。何となくそれに耳を傾けていると、話題はお正月の予定から直近のものに移り変わったようだった。


「そうだ、白馬くん、もう相手決まってるんだってさ」
「えー残念。上手だからお願いしようと思ったのに」
「ね。午前中やってるの見たけど絵になってたよねー」
「他のクラスの女子とも滑ってたよね?なんか」
「うんうん超うらやましかったー!エミちゃん、スキー大会のこと聞いたあと割とすぐに声かけたらしいけど断られちゃったんだって。だからきっと倍率すごかったんだろうね」
「そうだよね、一番最初に頼んだ子とペア組んだんだろうねー。白馬くん紳士だからきっと選り好みしないだろうし。あーあ残念」


 耳をそばだてないわけがなかった。彼女らの会話に心臓がパチンと弾けてしまいそうだった。痛い。泣きそうなくらい痛い。でもこの痛みは、お門違いだ。
 ちゃん大丈夫?と、横まで来て止まったその子たちが掛けてくれた声に、起き上がってうんと苦笑いする。こんなところでこれ見よがしに倒れたままで、紛らわしい奴だったな。反省だけして、二人が先に滑っていくのを目で追う。雪に埋まっていた左半分が冷たい。当たり前だ、ばかかわたし。


「もー……」


 手袋をした両手で顔を覆う。いよいよ泣きそうだった。自分以外誰も悪くないのに、思い通りにいかない今がつらくて仕方なかった。

 そりゃーもちろんわたしだって、組めることなら白馬くんに真っ先に声を掛けたかった。真っ先に駆け寄って、わたしとペア組んでって言いたかったよ。でも無理なんだもの。滑れない奴がどうして、白馬くんを誘うことができるのか。全部自分のせいだ。なのに、白馬くんがわたし以外の女の子とペアを組むという事実がとても苦しい。


 おまえ、何なんだ、白馬くんを何だと思ってるんだ。まさかおまえのものだなんて、そんな風に思ってたのか、ばか、ばかばか。恥を知れこのやろう、もう、嫌だ。


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