ついに志望校調査なるものを配られてしまった。ちょっと考えて、ササーっと高校名を書いてみた。ちゃんと調べたりしてないけど、多分ここがいいと思う。評判いいし。きっと夏休みから塾に行くことになるんだろうなあ、はっきり数字で見たことないけど、偏差値全然届いてないだろうよ。
本当に嫌だけど、不動くんとは、別れてしまうだろう。たくさんある高校の中からまた同じ学校へ進学する可能性は少ない。現に仲良くしてる友達とは今のところ誰とも第一志望は被っていないのだ。結構通いやすいところだけど、ほとんどの子がエスカレーターだし、やりたい部活がないとかで外したらしい。だからおそらく不動くんも、違うんだろうなあと思う。彼にべったりなわたしなので一時期酷く落ち込んだのだけどもう立ち直った。だってわたしにはアレがあるのだ。家がお隣という、誰にも負けない特権が。どこに行くか聞いたことないけど、高校なら一人暮らしするわけないし、このおかげで完全に関わりが絶たれることはないのだ。だから大丈夫。……大丈夫。
それでも同じ高校がいいのには変わりない。一縷の望みを賭け、志望校調査片手に不動くんのところへ行ってみた。


「不動くん高校決めた?」
「あ?決まってるけど」
「どこ?」
「チャリ通できる公立高校」
「え?エスカレーターじゃないの?」


驚いた。一番大きな可能性として、このまま高等部に進むのかと思ってたから。不動くんは(見た目に寄らず)頭がいいから、上がるための試験もなんのそのだものなあとか。でも違った。しかも公立高校ときた。


「私立高えじゃん」
「あ、だよね、それ思う」
「で、おまえは?」
「え?」


「高校、どこにすんだよ」なぜか口角を上げて問うてくる不動くん。まだ君の校名まで聞いてないんだけどなあ、そしてなぜにそんな小馬鹿にしたような顔するのさ。疑問に思いつつもひらりと志望校調査の紙を見せてあげた。瞬間、不動くんの目が見開かれる。口も間抜けに開いている。


「帝南…?」
「う、うん」
「おまえが?」
「これわたしの紙だよ」


呆けた顔がみるみる渋面になっていく。どうしたのだろうか。帝国南高校、略して帝南。確かにわたしにしてはレベル高いけど、まだ六月だし、夏期講習からだけど塾行くからどうにでもなると思ってるのだけど。もしかしたら不動くんは何故か受験の恐ろしさを知っていておまえにゃ帝南は無理だと言いたいのだろうか。


「俺も帝南第一志望なんだけど」
「え?!!?」


ハッ、びっくりし過ぎて口から心臓出るかと思った。声が大き過ぎてクラスが一瞬静まり返ったけどなんだまたと不動かみたいな空気で元のざわめきに戻った。不動くんははあーと見せつけるように額に手をやった。


「なんでだよ…」
「評判よくない?」
「知らねえ。家近くてサッカー部あるからってだけだし」
「へえ…でも嬉しい」
「……それはおまえだけだろ」
「不動くん嬉しくないの?」
「嬉しいなんて言うと思ってたのかよ?」
「ううん。でもわたしが嬉しいからそれでいいや」


そりゃめでたい思考回路だなとそっぽを向く不動くんだけど口はやっぱり笑っていたので、言わないだけで心の中では少なからず嬉しいと思ってるんじゃないかなあと思った。さっきの小馬鹿にした笑みはやっぱり、馬鹿なおまえの行く高校はどこかな?程度のものだったのだろう。まったく失礼してしまう。不快には全然ならないけど。「あ」そういえば、とまたこっちを向いた不動くんに首を傾げる。


「佐久間と源田も帝南っつってたぜ」
「おおーあの二人もかあ。エスカレーターじゃないんだね」
「まああいつらは目的があるしな」
「目的?」
「合格したらわかるんじゃねーの?」
「ふうん、そうなんだ」
「…前から思ってたけどさ、おまえって興味ないことに対してはとことん淡白だよな」
「そう?」


なんだか上手く話を逸らされてしまった気がするが、言われたとおり二人がどうして帝南を志望するのかその動機はしつこく聞く気にはならなかった。一緒の志望校であることは素直に嬉しいのだけど、それ以上深入りしたいとは思わないのだ。指摘されてよくよく考えてみると、わたしの興味の対象は専ら不動くんである気がする。そしてそれに気付き不動くんを見ると呆れた眼差しを向けてくるので多分この人もその事実に気付いてるのではないかと思う。なんか恥ずかしいなあ。


「まあどうでもいいけど」
「どうでも…」
「つか帝南ておまえの頭で大丈夫なわけ?」
「夏期講習行くよ!不動くんは?」
「行くんじゃねーの。間違っても私立には行きたくねえし」
「決意は固いね、お互い」
「まあそれまでは勉強なんてしねえけど」
「不動くんと同じタイミングで始めたら駄目な気がしてきた。ちょっとずつ始めてみる」


そう言うと不動くんから心の篭ってない激励を受け、それから帝南の話にサッカーを絡めてしゃべった。どうも帝国学園高等部のサッカー部はそうでもないらしく、帝南の方が断然強いらしい。帝南がそんななんて聞いたことなかったと思ったことをそのまま口にすれば、不動くんはにやりと笑って来年は今までの比じゃなくなるぜと自信たっぷりに断言した。帝南に嵐でも巻き起こるのだろうか。むしろ巻き起こす?確かに、よく知らないけど不動くんと佐久間くんは去年中学サッカーの世界大会の日本代表チームのメンバーに選ばれて試合にも出たことあるぐらい上手いらしいから、そんな人たちが入ったらさぞかし強い戦力になることだろう。源田くんも何だったか、ネコジャパンみたいな名前の日本代表に準ずるチームのゴールキーパーやったらしいからもう帝南はほくほくだろう。進学校だしスポーツ推薦採ってないからガチンコ学力勝負になるのだけど、四人で帝南に通えたら本当に素晴らしいと思う。


「なんか高校が楽しみになってきた!絶対帝南行こうね」
「無事に受かればな」


意地悪そうに不動くんが言うから、わたしは絶対受かってやるという気持ちになった。そういえば四人の中でわたしが飛び抜けて頭悪いわ。

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