不動くんたちの部活引退が決まったその日、最後の試合を観に来ていたわたしはその後サッカー部員が集まって涙を流すところを遠くから眺めていた。
決勝戦だった。そして負けた。素人のわたしから見たらとても感動的な試合で、それを戦い抜いた彼らにはいくらでも称賛の言葉の雨を降らせられる自信はあったけど、みんなが流す涙が準優勝に喜ぶ嬉し涙じゃないのはわかっていたので、棒立ちでその様子を眺めることしかしなかった。帝国に来て一年にも満たない不動くんだったけど、その輪にちゃんといて、泣くことはなかったものの感傷に浸った表情で仲間のみんなを見ていた。さすがに声は掛けられず同じく観戦しに来ていた同級生たちが帰る流れに乗って、誰と一緒に来たわけでもないわたしは一人で帰った。 なるほどこれが引退というものか。部屋のベッドに仰向けに寝転がり、ぼんやり天井を眺める。不動くん、柄にもなく悲しそうだった。それもそうだ、だってあのメンバーでサッカーをすることはもうない。部活がなくなって放課後暇になることを喜んだ自分はなんて不謹慎だったのだろう。恥ずかしい。あんな様子の不動くんを、どこかに誘えるわけがない。 夏休みに入ったら夏期講習だ。それが終わって秋になっても遊んでる暇なんてないのだろう。受験が終わるまでは。今から果てしない旅のようで、嫌だなあと思いながら目を閉じた。 ◎ 「おまえ昨日来てたろ」 朝、教室に不動くんが入って来、席に着いてるわたしの横に立つと開口一番にそう言った。どきっとして挨拶も出来ず、「うん」と答えた。どうしよう、べつに悪いことしたわけじゃないのに後ろめたい。試合観に行くことは前から言ってたし、勝手にしろって言われてたし、事実初戦から昨日の決勝戦まで、休日の試合は全部見に行ってた。なのになぜそんな不機嫌そうなのですか不動くん。 「じゃあ先帰んなよなあ。どうせ一人だったんだろ?」 「え、うん」 あ、それはつまり、不動くんわたしと一緒に帰ろうとしたってことですか。なんだ、純粋に嬉しいと思う。確かに昨日以外は毎回一緒に帰っていたのだ。けれどそれは不動くんたちが試合終わったらちゃっちゃと片付けてちゃっちゃと着替えてちゃっちゃと帰れたからであって、昨日は部活を惜しんでいてそうはならなかったから帰ったのだけど。それにあんなに悲しそうな不動くんと一緒に帰ったって、気の利いた言葉何も掛けられないよわたし。脳裏に昨日の不動くんの横顔が浮かんだ。 「でも不動くんすごく泣きそうだったじゃん。気まずいよ」 「は?泣いてねーよ」 「泣いたとは言ってないよ、泣きそうだったって言ったの」 「泣きそうでもねーよ全然」 「嘘つけえ」 「もういい。……で、どうすんだよ」 「え?何が?」 いきなり話を終了させられて、次に何を言うかと思えば意味がわからない問い掛けだった。何をどうするのだろう。本気で首を傾げると不動くんは顔をしかめた。 「…遊ぼうっつったのおまえだろ」 「え?!いいの?!」 わたしが素っ頓狂な声で叫ぶと、うげっと嫌そうな顔をされた。 「声でけえよ」 「あ、ごめん…ほんとにいいの?」 「断るなんて言ってねーだろ」 「えー嬉しい。どうしよう何しようか」 と言ってもわたしたちはまだ中坊なわけだし、どこか遊びに行くっていったって行動範囲は限られている。友達と行ったことあるのはカラオケか映画くらいだけど、不動くんと遊ぶのにその二つの案はどうにもピンとこない。何がいいのかな…と懸命に思案していると不動くんは「適当に考えとけよ。夏休みまでなら相手してやるから」となんとも上から目線で言い、自分の席へ行ってしまった。 つまり、決定権はわたしにあるということでいいのか?な、なんだって?!俄然燃える! 思えば休日不動くんと会うのは初めてだ。やあ、向こうが部活でこっちが遊びに行くってときたまたま家出るタイミングが一緒だと会うけど、そうじゃなくて、二人で約束して会うということは今までになかった。向こうは部活で忙しかったから誘っても無駄だと思ってたのだ。それがついに、叶う!わーい!これから勉強三昧になるわけだから、その前に不動くんを補充しよう。それが出来るためには何をしたら楽しい時間を過ごせるかなあ、とにこにこしながら考えていると友達に変な目で見られた。 |