去年の話だ。
が不動と友達だと言った日からたったの三日で二人は何の関係もない間柄になったらしい。その日、いつも通り朝練に来た不動だったがどう見ても機嫌が悪かった。俺と源田以外の部員はまだ奴と打ち解けていないので遠巻きに見ているだけだったが、イライラしているのは一目瞭然で、俺が何回か話し掛けても邪険にあしらわれた。源田には少し一人にしてやったらいいんじゃないかと言われ朝練はその通りにしたのだが、練習が終わり教室に行くとが有り得ないくらい落ち込んでいて、あ、不動と何かあったなと理解した。
不動自体は正直どうでもいいが、このままだと部活に支障を来たすし、おそらくもずっとあのままだろう。昨日不動のことを嬉々として話していた彼女を思い出して、何とかしてやらないと不憫だと思った。奴に何を言われたか知らないが、傷ついたことは確かだろう。タイミングを見計らって話を聞こう、と午前の休み時間の度にを窺っていた。授業中は黒板を見たときに視界に入る不動を観察していたが、目立つモヒカンの後ろ姿しか見えなくてあんまり意味がなかった。

昼休みにやっとから話を聞けたのだが、落ちてる理由はどうやら不動に友達と認識されてなかった上、それを拒否されたということだった。「不動くん何か言ってた?」「いや、言ってはいなかったな」めっちゃイライラしてたけど。そこは言わないでいるとは更に肩を落とした。あー、何て声掛けたらいいのかわからん。不動もおまえのこと気には掛けてるっぽいぞってこと言ってやりたいけど、それはなんとなく、俺が言っちゃいけない気がする。あいつがどういうつもりでを突き放したかなんて皆目見当もつかないが、突き放したあともああやってのことを気にしてイライラしてるのが事実なわけだから、不動ってわかりづらい奴だよなと思う。そうそうイナズマジャパンのときもそうだった。あいつ本当のこと言ってくれないからこっちが勝手に悪い方に誤解してしまうんだよな。まあそれまでの行いが悪すぎたせいもあるんだが。
にしても、って不動のどこを見て友達になろうと思ったのだろうか。俺が女子だったら絶対話し掛けないと思うんだが。見た目も態度も最悪だろ。


「でもわたし不動くんと友達になりたいよ」


傷ついても、こんな健気に友情を再構成しようとする程の何かを不動から見つけたというのかは。この短期間で。





そのあと不動がエナメルでを突き飛ばしたのがきっかけで仲直り出来たのはよかったと心から思う。あれがなかったら今頃どうなってたのだろう。ま、どうにかして仲直りはしたんじゃないかとは思うけど。こいつも本気でを嫌ってたわけじゃないみたいだし。嫌ってたらそいつのせいでイライラすることもないだろう。いや、不動のことなんて知らないが。
中三の夏になった今も不動とは相変わらず周りが怪しむ程仲良くしている。が不動と一緒に昼飯を食べず、昼休み一度もこっちに来ない今日みたいな日が珍しいくらい、二人が一緒にいる光景は日常になっていた。まあほとんどが不動にべったりなのだが。裏ではは不動馬鹿と呼ばれているらしい。面白いから放っといてる。きっと知らないのは当事者二人だけだろう。
べったりなのはだけで不動はに対してどうこうっていう様子は見られないし目に見える分にはどっちかっていうと鬱陶しがってはいるが本心ではないのは確かだ。多分こいつも満更じゃないんだろうな。


はおまえと会うタイミングがよかったよな」
「は?」


不動は数学の問題集を広げながら顔を上げた。勉強を阻止しようとこいつの席にたかっているのは俺と源田だけで、さっきも言ったとおりは今日はいない。不動の前の席を借りている俺は壁に寄り掛かりながら無遠慮にこいつの机に頬杖をついた。


「真帝国の頃のおまえを知らないあいつは幸せだってこと」
「……あん?」
「確かにあの頃の不動は荒れてたな」
「な。エイリア石抜きにしたって荒れてたよな」
「うっせえな。昔のことほじくり返してんじゃねえよ」


ぶっちゃけあの頃荒れてたのは俺らもだけど、こうしていじるネタにまでなったのは俺らも成長したってことなんだろうな。まだ一年しか経ってないが。


「ほんと、FFIも終わったあとでよかったわな。じゃなかったら、絶対おまえと友達になろうなんて思わなかったろ」
「…そこは関係ないと思うけどな」


あ?今何つった?
ぼそっと言って聞き取れなかったのでもう一度言わせようとしたとき、見計らったようなタイミングでが来たので黙ることにした。


「不動くん、来週の土曜のことだけどさ」
「ああ、したいこと決まったのかよ?」
「うん。どっか行きたいなあとも思ったんだけど、のんびりしたいから家でDVD見ようよ」
「いいけど。何の?」
「不動くん見たいのあれば持ってきていいよー。家にあるのはジブリ」
「ジブ…途中で寝んぞ」
「寝る隙もないくらい面白いから大丈夫!」


二人が仲良く話をしているのを見て、呆れ顔の俺と苦笑いの源田は顔を見合わせた。何と言うか、微笑ましいよな。ここまで来ると。仕方ないから俺らだけで何か話すかと思っているとが突然こちらを向いて「あ、ねえ、佐久間くんと源田くんも来る?土曜日」と言ってきたので素直に驚いた。あ?なに、いいのか?折角二人きりで遊べんのに。不動の方を見てみると特に動揺もなく横目でを見ているだけだった。最初から俺ら込みで話が進んでいたわけじゃないのは確かだから、多分今この瞬間初めての独断で俺らを誘ったのだろう。不動もだけども十分何考えてるかわからない。実は不動と二人きりは嫌だとか?そうだったらほんと爆笑だけど。まあ残念ながら、気を遣うとかじゃなく本当に行けないので断るが。


「や、俺と源田土曜に夏期講習の申し込みに行くから。無理だ」
「あ、そっかー残念だ」


はあっさり引き下がり、そのあと不動と二、三言話したあと女子のグループの方へ戻っていった。結局どういうことだったんだ今の。何事もなかったかのように問題集に取り掛かろうとする不動に茶々入れしてやる。おまえも気にしてんだろ?


「おい不動、おまえと二人は嫌だってよ。どうするんだ?」
「あ?違えよ。あいつそういう意味でおまえら誘ったんじゃねえよ」
「強がんなって」
「違えっての。…おまえも大体わかんだろ」
「いやわかんねえよ。俺おまえほどと一緒にいないしのこと考えてないし」


少し茶化してやると「ざけんな」と叩かれた。


「って!いちいち叩くなよ」
「だから、あいつは……」
「なに」
「…あいつは、他に誰がいようがいまいが、俺がいれば何でもいいんだよ」


…………。


「ぶはっ!!」
「てめっ!唾飛ばすんじゃねえよ汚ねえな!」
「おい佐久間…」
「あははははははは!!!や、そうだな!的を射てるよ!ふっくくくく…」
「ちっ、言うんじゃなかった…」
「いや、だがその通りだよな。さすが不動だ」
「おい源田それどういう意味だ」


あー涙出てきた。が言うならわかるけど不動が自信満々に言うから面白い。あの不動明王がだ。いつの間にそんな信頼築いたんだよ、合ってそうだけどさ。不動がいれば何でもいいとか、ほんと、そんな感じだ。
高校も同じになるだろうし、こいつらの関係にいつ変化が訪れるのか、不本意ながら楽しみだと思っている俺は大概暇人だな。

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