近くのスーパーに菓子や飲み物を買いに行こうと十時に約束を取り付けられ、珍しく俺の話を聞かず一方的だったのが少しムカついたから十分遅れて家を出てやったのに外にはの姿が見えなかった。あの野郎言い出しっぺが遅刻とはいい度胸じゃねーかと思ったが家の敷地を出るとインターホンのすぐ隣、俺ん家の壁に寄りかかって待っている奴がいてああなんだと拍子抜けした。ドアを開ける音やら足音やらで気付いてたはずなのに俺の顔を見た途端パッと目を輝かせておはようと挨拶をしてきたので試しに「いつからいた?」と聞いてみたら十時十分前と即答されて二十分も待たせたことに少し罪悪感を感じたが謝るのは癪だったので「ふーん、ごくろーさん」と言って流した。労ったつもりは全くないのには馬鹿だから嬉しそうに「全然!」と首を振った。多分俺に対してだけなんだろうが、こいつは自分が損をするという考えがなさそうにみえる。準備なんて十時には整っていたと言ったってどうにもならないから言わないが。
「さあ不動くん行こう」 「はいはい」 今日の両親は二人で出掛けているらしい。五時に帰ってくるのでそれまで遊ぼうというのがこいつのプランだ。昼飯は母がカレーを作ってくれているらしくそれを頂くことになっている。家にあるジブリのタイトルをどんどん並べていくの声を右から左へ流しながら歩を進め、徒歩三分で着いたスーパーでは適当にチョコやらポテチやら午後ティーやらをカゴに放り、二つに分けたビニール袋を一個ずつ持った。二つとも持ってやると言ったが頑なに断られた。なんとか午後ティーの入ってる方は死守したが、変なとこで頑固だよなこいつ。 「お邪魔します」 「いらっしゃーい」 初めて入る家の玄関は最小限と思われる靴以外がなかった。向きもしっかり揃って並んでいるところを見るとこいつが整頓したんだろうということはすぐにわかる。家に人の気配はもちろんなくて、外も割と静かだったが遮断された屋内にいると一層静寂が立ち込めるようだった。丁度家に上がる側と迎える側の形式的なやりとりのあとだったから会話が途切れている。 取りあえず靴の踵部分を壁につけるように揃えて脱いだ。一段高くなっているフローリングに足を乗せいよいよ本当に家に上がった状態になったところで、先に上がっていたと目が合った。さっき隣を歩いていたときと同じくらいなのに、近いなと思う。外と中の違いか、学校みたいに周りに人がいるかいないかの違いか、おそらくどちらもだろう。それにしてもここがの家である以上先導はに委ねられているというのに問題の本人は俺から目を逸らさない。ここで逸らしたら負けな気がして俺も逸らさないでいると不意にが口を開いた。 「不動くん身長何センチ伸びた?」 「…あ?」 何の話だ、口にすればそのまんま去年の秋から今年の春にかけて何センチ身長が伸びたかという話だった。脈絡ねえなと思うのはよくあることで今突っ込む気にもなれず素直に答えてやるとやっぱりと至極朗らかに笑われた。 「わたしと同じだけ伸びてる。だから目線変わんないんだね」 「……(馬鹿にしてんのか)」 「安心する」 「…あっそ」 の表情が本当に安心してそうな顔だったからこれ以上何か言う気は起きなかった。が、話は終わったんじゃねえのかと思うのに依然俺の目を見てくるのには意味がわかんねえと言ってやりたい。言う前に笑われたのだが。 「なんか照れんね」 「……アホか」 やっと足を動かしたに遅れてリビングに向かった。こいつの頭の中を覗いてやりてえと思ったことも一度や二度じゃない。覗かなくたってわかることもたくさんあるが。 案内されたリビングで適当にソファにでも座っててと言われその通りに座り部屋の中を見回しているとがグラスを二つと菓子受け用の皿を持ってきたので買った物をビニール袋から取り出した。「まず何開ける?」「ポテチ」の意見は聞かずに開けたが文句は言われなかった。ちらりと奴を盗み見ると何でもないように午後ティーを注いでいるので何でもよかったんだろうと納得した。はいと渡されたグラスを受け取って自分の近くに置く。 「映画見る前にちょっとおしゃべりしよう」 「んー」 やる気のない返事をするとは笑ってポッキーを開けた。……ああ、そうですよね。ポテチ以外にも開けますよね。………。自分が気を張ってる気がして嫌になったのでローテーブルに広げられたポテチに手を伸ばした。 「夏期講習いつからだっけ」 「夏休み始まった土曜日」 「あーそうだっけ。一番最初英語だよね?」 「いや数学。多分」 「…あれ、嘘。わたし数学は日曜だけど」 「中級だろそれ」 「え、不動くん違うの?!」 「上級。前言わなかったっけ」 「言ってない…!うそ、じゃあ英語も?」 「まーね。なに、おまえ中級なの?」 「うん…国語は上だけど…」 「…あ、俺国語は中だから」 て、そんな落ち込むなよ。この世の終わりみたいな顔しやがって。間抜けに開いた口が面白くてポッキーをそこに突っ込んでやった。びっくりしたに「食え」と言えば俺の代わりにクッキーの部分を持ってちまちまと食い出した。 「…じゃあ全部被ってないんだね」 「こればっかはしょうがねえだろ」 「うん…」 「そんなに俺と一緒がよかった?」 「うん」 はいはい即答ね、わかってたけど。またポッキーを取り今度は自分の口へ運ぶ。まあが俺より馬鹿で、でも国語だけよく出来てたことは知っていたからこういう講習の組み方をするのは予想できた。俺らが目指す帝南は上級クラスに匹敵するからそこを目指すべきだが、それは最終的な位置であって、何も受験勉強が始まった今すぐにそこに到達していないといけないわけでもない。夏休みで大切なのは基礎を固めることで、それから模試でいい結果を出し秋から上級クラスの講座を取れれば問題ない。夏休みの講座は学力に関係なくレベルを選べるだけのことだ。何かにハッとなったは突然立ち上がり「ちょっと待ってて!」と言って二階に駆け上って行った。すぐに戻ってきたと思ったら最近俺も貰った塾の予定表を手にしていた。 「不動くんどれ取ってるの?」 「えー多分こことこことここ」 全ての講座の日程が載っているそれで一番始めの授業を指差すとそれを追うようにシャーペンで丸を付けていった。おそらくの取った講座だろう、オレンジのペンで囲ってあるそれと見比べていき、「見て!」が声を上げた。残念ながら俺のが早く気付いたからな。 「わたしの国語と不動くんの英語被ってるね!この日会える!」 「あーそーだな」 「塾一緒に行こ!」 「おまえ家で勉強すんの?」 「多分…無理だったら自習室行くけど」 「したら無理じゃん」 「……」 こいつがテスト期間の度に「わたし家で勉強できないんだー」と困ったように笑うのを俺は何度も見てきた。まあ中学のテストなんてそんな頑張らなくてもある程度の点数は取れるが、受験はそうはいかねーだろ。いくら俺と一緒にいたいからってそこを妥協したらそもそも俺と一緒の高校に行けなくなんだかんな。 本気で悩んでいる様子のにそう言ってやろうかと思ったが追い打ちをかけるのも哀れな気がして黙っていると、ゆっくり口を開いた。 「…わたし夏休みずっと不動くんに会えないなんて嫌だ」 「ああそう」 「でも高校違くなるのも絶対やだ」 「なんだわかってんじゃん」 「……か、帰りは一緒に帰ってくれる?」 「おー」 ようやっと落ち着いたらしい。ま、そこが無難だよな。こいつも救いようのないアホではなかったってことだな、よかったな。 こいつの帝南志望の理由は俺じゃなかったはずなのにいつの間にかすり替わっていることはこいつの中じゃ大した問題ではないのだろう。ほんと、俺と一緒の志望校でよかったなと思う。違ってたらどうなってたんだろうな。 佐久間にも言われたが俺がに懐かれていることをしっかり認識しているのはその方が手っ取り早いからだ。口を開かずともビシバシ伝わってくるこいつからの無償の友愛を否定するのはめんどくせえ。ただ家が隣で俺が交友関係を築こうとしなかったというそれだけの理由でこいつは俺と友達になろうと言ってきて、盲目的に俺に懐いている。だけどその理由がなかったらこいつは俺と友達になろうなんて思わなかった。裏を返せばそれがある以上俺が昔何をやってたってこいつは受け入れてしまうんだろう。そう思えるほどこいつに入れ込まれている自信はある。 だから真帝国のことや俺の過去を話してやったってべつに構わないが、自分から言うのはなんか変だと思うから言わないでいるだけだ。 「あ、あとね、不動くん」 「あん?」 「受験終わってからでいいから、サッカー教えて、ください」 「、……ああ」 気を遣われたのがすごくよくわかった。こいつまだ俺があの大会を引きずってると思っていやがる。馬鹿か。 「あのなあ…俺当分サッカーやりたくない気分とかじゃねーからな」 「え、でも」 「変な気ィ遣うんじゃねーよ」 「…あは、ごめん」 気の抜けた顔で笑うもんだからこれ以上何か言う気は失せた。隣の家だったとか、そんなくだらない理由で盲目なまでの依存。どう考えてもおかしいとは思うけどあえてそれについて言及しないのは何だかんだ俺もこいつに懐かれてることに不満はないからなんだろう。喉が渇いてきたから午後ティーを飲んだ。 |