目を開くと一面天井で、流れてくる音楽に目を向けるとテレビ画面には千と千尋の神隠しのエンドロールが流れていた。……やっちまった。千が饅頭みたいの食ってるとこまでしか記憶がねえ。ソファを占領して寝転がってからこうなることは予想していたが。テーブルに広げられた菓子もほとんど残っている。あーポテチ湿気んぞ。床に足を下ろそうとして、土踏まずに何か柔らかい感触がして反射的に上げた。……状況理解。
バッと下を見るとクッションを枕にして寝ているがいた。おまえもかよ。…………。はあーっと思う存分脱力してから、さて、と頭を働かす。ある程度しゃべりながら一緒に昼飯を食い、それから千と千尋の神隠しを見てたら寝落ちした。壁掛け時計を見てみたら三時だった。こいつの親、五時に帰ってくるっつってたよな。それまでに皿洗ってリビングも片付けねえと。寝入ってるはほっといて、やるか。


「…はあー…意味わかんねえ」


こいつ俺と遊ぶの楽しみにしてたよな。周りが引くくらい楽しみにしてたよな。なのになんで寝るわけ。もったいねえとか思わないのかね君は。なんなんだ。まあ先に寝たの俺だけど。

とりあえずを跨いでリモコンを取る。DVDを取り出して近くに放置されていたケースにしまい、デッキとテレビの電源を消した。それから温くなった午後ティーを持って冷蔵庫を開ける。人ん家の冷蔵庫開けんのは常識としてどうなんだとか言われるかもだけど今回はしょうがねえだろ。もっとも、がそんなこと言うとは思わないが。


「………あ?」


無意識に怪訝な声が漏れた。…なんだこれ。寝ているの方を見てみる。まだ奴は起きていない。しかめた顔をそのままに、冷蔵庫を閉めた。

皿を洗う音で目覚めたのか、が起き上がったのが見えた。数秒ボーッとしたあと、皿を洗う俺に気付いて「え、ごめん」とか謝り、更に俺が何か返す前に「ていうかもう三時?!」と完全に覚醒したようだった。


「もう三時。おまえどこまで見た?」
「…千尋が銭婆のとこに行ったところ」
「俺エンドロールで起きた」


は苦笑いして不動くん寝るの早かったよと言った。だろーなと思いながら最後のコップを流し終わり水を止めた。「あ、ごめんね」「いーって」流し台の下に掛けてあるタオルで手を拭き、またの方へ戻る。頭の中でさっき見た物を思い出しながら。髪を手櫛で梳かし終わると上半身を起こしたままのは目の前まで来た俺にどうしたのかと視線を投げかけていた。どうしたのじゃねーだろ、馬鹿。


「そんなことより、おまえの親何時に帰ってくんの?」


目を見開いて、それから観念したのか力なくふにゃりと笑った。さっき冷蔵庫で見たそれはどう考えても一人用の晩飯だった。五時に帰ってくる親がそれの用意をするわけがない。そういうことに関しては、誰よりもわかっているつもりだ。


「今日遠くにお出掛けしてるから。帰りは十時くらいって言われてたんだよね」
「…それ、俺と約束したあとのこと?」
「ううん、割とずっと前から」
「なんで嘘ついたんだよ」
「わたしの都合に不動くん合わせてるみたいで申し訳なかったんだよ。いつもだったらお母さんたち五時くらいに帰ってくるから」


……重々承知していたが、やっぱりこいつは馬鹿だ。普段俺の都合無視で絡んでくるくせに今更何気ィ遣ってんだっつーの。「んなモンいちいち気にしてんじゃねーよ」「うん…」「次はちゃんと言えよ」「うん………え?」がパチっと目をまん丸に見開いた。あ?なんだよ。


「また遊んでくれるの?」
「……」


こいつの頭の中はどうなってやがるんだ。怖いものなしみたいにぐいぐい来ると思ったらこうやって俺を窺う。だからこいつとの距離感を、俺はまだ完全には掴めないでいるのだ。けど多分、結局俺が何をしようとこいつは受け入れてしまうんだろう。だから俺は俺のすきなようにできる。


「ま、気が向いたらだけどな」


そう言ってやればは朝俺を見たときみたいに目を輝かせてありがとうと叫んだ。仕方ないから今日の晩飯は家に誘ってやろうと思う。今から連絡すれば親もいいと言うだろう。の晩飯予定だった冷やし中華は明日に食っても大丈夫なはずだ。


「わたしね、不動くんといると幸せなんだよ!」
「聞いてねえよ馬鹿」


この一日で、こいつの一挙一動はほとんど全て俺のためだということがよく伝わってきた。無償の愛とやらに似たもの。随分とくだらねえなと思う一方、心のどこかではこれも悪くないと思っているのも認めがたいが事実だった。素で次があると思っていたことで、自分が段々に感化されていることに気付いた。

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