どうしてこうなった。


「軽い捻挫だろうな。まあ自然と治るとは思うけど、一週間くらいは歩くのつらいかもね」
「はあ、」


放課後、階段を降りていたら背中に衝撃が来てそのまま落ちた。あと五段だったから派手な怪我はしなかったけど、着地に失敗して思いっきり右足首を捻ってしまったのだ。立ち上がろうとしても全然力が入らなくて焦った。
下を向いて一人格闘していると下の階段の方から「おい!」とどこかで聞いたような声がして、わたしに言ってるのかと顔を上げるとぱたぱたとこちらに近づいてくる佐久間くんがいた。「大丈夫か?!」「う、うん」「おい不動!」どうやらさっきのは不動くんを呼んだものだったようだ。もう下の階にたどり着いたのだろう、相応にくぐもった声で不動くんがああ?と言ってるのが聞こえた。佐久間くんが早く来いと急かすけど、近付いてくる彼の足音は依然のんびりとしたペースだった。


「なんだよ佐久間」
「おまえ…、立てるか?」
「え、えーと…」


今は立てないと思う。ちょっとでも動かせば痛い。その光景を見てやっと察した不動くんは嫌な顔をしながら佐久間くんと同じように駆け寄ってきた。二人の様子を見るに部活に向かっていたようで、急いでいるだろうに申し訳ない。気にしないで行っていいよと言わなければ。


「保健室行こう。不動、俺のエナメル持ってって監督に遅れることを伝えてくれ」
「あ?なんでおまえがそこまですんの?」
「おっまえ…おまえのそれが突き飛ばしたんだろ」


佐久間くんがそう言って不動くんのエナメルバッグを顎で指すと不動くんはちょっと考えたあとハッとしてわたしを見た。心当たりがあったのだろうか。わたしもそう言われて初めてあの衝撃はバッグだったかもしれないと思ったほどだ。いきなりすぎてわからなかった。後ろから二人が階段を降りてきていたことも気付かなかった。それくらい考えていたのだ、不動くんとどうしたらもう一度友達になれるかを。あれから一週間、ずっと考えているのだ。
いくら嫌いなわたしだろうが、さすがに悪いと思ったのか苦虫を噛み潰したような表情で「悪い」と小さな声が言った。申し訳なくて手も使って思いっきり否定する。


「ぜっ全然、平気だよ、二人とも部活早く行っていいから、」
「そうはいくか。不動、早く」
「はいはい」
「伝えたら戻って来いよ」
「おまえ俺を何だと思ってるわけ?当たり前だろが」


二人分のエナメルを持って階段を降りて行く不動くんにも、ゆっくりでいいから保健室行くぞと言ってくれる佐久間くんにも、申し訳ないと心底思ってしまう。わたしが鈍臭いせいで二人の練習時間が減ってしまうのだ。なるべく早く、と思い無理矢理立とうとするけどやっぱり足首以降に力が入らない。なんとかして立ち上がり佐久間くんの肩を借りながら保健室に着いた頃には既に不動くんが待っていた。そうして、保健室の先生に冒頭の台詞を言われたのだ。


「不動とはお隣だっけ?」
「はい」


足を冷やしている間、先生はそんなことを口にした。どうして知っているんだろうと思ったけどそういえばちょっと前に突き指でお世話になったとき世間話の一貫として話した気がする。よく覚えてるなあ。


「じゃあ不動、荷物持って送ってやれ」
「はあ?!」


声は不動くんの物だったがわたしもびっくりした。何を言っているんだこの先生は。


「あの、いいです、不動くん部活あるし」
「どうせ冷やさないといけないし、すぐには帰れないよ。部活終わるまで待ってればいいじゃないか」
「でも」


不動くんの顔は見れなかった。丁度背を向けて座っていたのでそのまま先生に異議を唱えると後ろで佐久間くんが「いいじゃないか。そうしろよ」と言っているのが聞こえた。


「…チッ…わかったよ」


そんなこんなで不動くんと一緒に帰れることになった。不可抗力だとしても捻挫させたという罪の意識からか彼は思ったより反抗しなかった。これが不幸中の幸いというやつだろうか。突き飛ばしたのが不動くんでよかった。ていうか加害者が不動くんでよかった。わたしがやってたら死んでお詫びしなくちゃいけなかった。サッカー部にとって足は命だ。


「前は染岡に怪我させてもヘラヘラしてたくせになあ」


保健室を出て行く佐久間くんが何を言ってるのか聞こえなかったけど、不動くんが頭を叩いているのは見えた。

きっちり決められた時間冷やし、きっちり包帯を巻かれた。親が帰ってきたら病院に行けと言われ、ただの捻挫だろうに大袈裟ですねと零せば捻挫を甘くみるなと諌められた。どうやら奥が深いようだ。でもこの感じからして、あんまり尾を引くような怪我じゃない気がするんだけどなあ。下手したら捻挫じゃないかもしれない、や、流石に腫れてるからそれはないだろうけど。

それから暇なので保健室で寝させてもらった。不動くんが来たら起こしてもらうということで横になったのだけどこのあとのことを考えると寝付けるわけがなかった。どうしよう、不動くんと一緒に帰れるんだ。わくわくとどきどきが共存している心臓が一向に収まらない。

結局寝れないので起きて宿題をやっていた。最初からこれやってればよかった。右足は不便だけど、余計なことを考えさせない数学の問題たちにありがとうございますと言いたい。それから気が付けば外が茜色に染まっていて、片付け終わった丁度いいところで不動くんと佐久間くんが保健室に来た。二言三言しゃべってから先生にお礼を言って出る。
佐久間くんも途中まで一緒に帰ってくれるらしい。わたしのカバンを持つ不動くんは先頭を歩いて、その後ろにわたしと佐久間くんが並ぶ。やはりうまく歩けなくてまた佐久間くんの肩を借りた。不動くんはちらちらとこちらのペースを気にしながら合わせて歩いてくれていた。


「ごめん佐久間くん…」
「気にすんな。俺らが悪かったんだし」
「不動くんも」
「あ?べつに」


隣で佐久間くんが溜め息をついたけどわたしのことかと思って怖くて聞けなかった。信号でお別れの佐久間くんにありがとうと言ってさよならした。そのとき彼が「不動、隣並んで肩貸してやれよ」と言ってくれたおかげで渋々不動くんがわたしと隣を歩いてくれる状況になった。佐久間くんのときもだったけどなるべく負荷をかけないように、手は置くぐらいに留めていたら少し歩いたところで「もっと寄っかかっていいから早く歩け」と言われた。どうしてだか、言葉はとても冷たいのに気を遣ってくれていることが十二分にわかってしまって、照れ臭くて頷くことしかできなかった。


「ごめんね不動くん」
「つーかなんでおまえが謝んの」
「…だって」
「一応俺らが悪りいし」
「…うん…そうかな(一応か)」
「だからって調子に乗るなよてめえ」


「え、」信号で止まっていたのだけど、それに乗じてかはわからないが不動くんがいきなり勢いを盛り返してきた。調子に乗るなって、わたし乗ってたように見えたのだろうか。疑問も否定も言えず一方的に捲し立てられる。「大体突き飛ばしたのは悪かったけど着地失敗したてめえにも非はあんだろが。のろま。どじ!まぬけ!」「そこまで言わなくても…」思いっきり責められて上手く返せなくて更に信号が変わったので歩くのを急かされた。「オラ早く歩け」「捻挫…」「……チッ」「ごめん…」「だから謝んなっつってんだろが」「ジャイアンですかあなた」なんだかちょっと、怒られてるのに楽しいと思ってしまう。わたしはこんな風に不動くんとたくさんしゃべってみたいと思っていたのだ。
そうわたしが少し幸せな気分に浸っていたのに、隣を歩く不動くんはそこでぴたりと口を閉じてしまった。会話が終わった。なんでだろう、と考えて結論が出る前に不動くんによって沈黙が破れた。でもその様子はさっきとは打って変わっていた。


「……なあ」
「え?」


前を見てわたしのことなんか視界に入れてくれない不動くんの声は少しだけ掠れていた。一週間前のあのときとは違う、不動くんの様子の変化にわたしは戸惑って、違うけどこれもよくないことだというのはわかった。でも身構えられなかった。


「こんな奴と友達なんて嫌だろ」
「……(そんなあ)」


「嫌じゃないよ…」どうしてそんなこと言うの。絶交だと言った本心はそれだったのだろうか。ということはわたしの、不動くんと仲良くなりたいという気持ちは何も伝わってないのだ。不動くん、そんなことを思ってわたしと接して、絶交だって言ったの。佐久間くんが言ってたのってこういうことかなあ、不動くんすごく寂しそうだよ。


君のことなんか到底嫌いになれやしないよう。

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