結局病院に行ってみたけど一通り検査が終わって言われたのは予想通り軽い捻挫ということだった。痛みもそんなに引き摺らないらしい。よかった。そして体育は見学しなきゃいけないらしいのでラッキーである。

次の日、まだ痛む足をカバーしつつ一人で登校し、席に着いて友達と話していると突然向かいに座っていた彼女が顔をしかめた。えっと思ったけどその矛先がどうもこちらに向いているようでなく、わたしが彼女の視線を追うように後ろを向こうとした瞬間、そっちの方から声がした。


「まだ痛えの?」


それは昨日聞いたばかりの不動くんの声だった。振り返ったはいいものの本当にびっくりして言葉の意味を理解するのに時間を要した。頭の中で反芻し、何て返せばいいのか思案し、結局本当のことを言うわけにもいかないので強がることにした。心臓はばくばくである。


「そ、そうでもないよ!」
「ふうん…」
「う、うん」
「……」
「……」
「…今日部活ねえから、送ってやってもいいぜ」


「、え!ほんと?!」びっくりした。まさか不動くんからそんなこと言ってくれるなんて。昨日だってものすごく嫌そうだったのに。強がりがばればれだったことなんかどうでもよくて、とにかく嬉しすぎて口をあわあわさせていると不動くんは途端ににやりと笑って両手を自分の後頭部の後ろで組んだ。


「あーどうしよっかなーめんどくせーからやっぱやめようかな」
「えええ…」
「まあ、おまえがどうしてもって言うんなら送ってやってもいいぜ」
「えっ!どうしても!」
「ぶっ、あっそ?じゃあ放課後な」
「うん!ありがとう!」


わたしの頬は大層緩んでいることだろう。更に言うなら少し泣きそうだ。不動くんが去ってから、友達が呆れながら「よかったねえ」と言ってくれたので満面の笑みでうん、と頷いた瞬間ハッと気付いた。挨拶するの忘れた。





楽しみなことがあって一日が早いと感じたのはすごく久しぶりだと思う。ここのところは落ち込みながら考えることをずっとしてたからなあ。それはもちろん不動くんのことだったけど、今楽しみで仕方ないのも不動くんのことなのである。いつの間にかわたしの一喜一憂は彼に左右されるところまできていた。気付かない内に、わたしの中で不動くんという存在はとてつもなく大きなものとなっていたのだ。
放課後になって帰りの支度をしていると隣に人の気配を感じて振り向くと案の定不動くんがいて、「あ、ごめん、ちょっと待って」と言うと「おー」と緩い返事が聞こえたので支度の手を速めて完了させた。席を立つ動作をして少し目を離した隙にわたしのカバンが不動くんの手にあったことには驚いた。
昨日と同じ帰り道を昨日よりはましなペースで進む。幾分痛みが和らいだのは本当で、今日は不動くんの肩を借りずに歩いていた。そういえば教室を出るとき目が合った佐久間くんがどこか呆れたみたいな顔でこっちを見ていたけどあれは一体どういう意味だったのだろうか。そして隣にいた源田くんはそんな佐久間くんを見て苦笑いしていた気がする。ていうかあの二人仲いいよなあ、わたしも不動くんと仲よくなりたいよ。

無言も気まずいので、質問やどうでもいい話題を振って会話を続けていた。不動くんのことを知りたいわたしから出すそれは途切れることがなかったのだけど、サッカー部についての質問に不動くんが答え終わったところで一瞬沈黙が出来た。そのときわたしは今だ!と直感し、他には何も考えず、言いたいことを口にした。


「不動くん、やっぱりわたし不動くんと友達になりたいです」


朝から考えていたけど、チャンスは今日しかないと思ったのだ。明日からはまた何の関係もなくなってしまうだろう。その前に、君とまた友達になりたいのだ。
不動くんは振り返ってものすごく嫌そうな顔をしたけれど、それは何て言うか、本当に心の底から嫌だと思っているのではなくて、間違っても本心の拒絶とかではないように感じたのだ。


「…勝手にしろ」


ほら!


「うん!やった!!」
「声裏返ってんぞ」
「ありがとう不動くん!よかった怪我して!」
「おい」
「荷物持つよ!」
「馬鹿か何のために帰ってんだよ」
「そうか!」
「テンション高えな…」


もちろんわたしのテンションは最高潮である。今世紀最高だと思われる。テストで百点取ったみたいな気分で今ならスキップしても足痛くないんじゃないか、そのくらい有頂天であった。何回もありがとうと言うとその度不動くんは顔をしかめたけど前まで感じていた敵意みたいのは微塵も感じなかった。
その調子のまま家の前に着いて、突き出されたカバンを快く受け取った。またありがとうを言いじゃあねと手を振れば、彼は手を軽く上げるだけだった。


「また一緒に帰ろうね」
「は?なんで」
「帰りたいから!」
「…馬鹿じゃねーの」


そう言った不動くんはもう背中を向けていて、表情はうかがえなかった。でもわたしはそんなことどうでもよくて、今日という日を何かの記念日にしたいくらい幸せに包まれていた。不動くんが家に入るとこまでぼけーっと眺めていたらドアノブに手を掛けた不動くんにまた嫌そうな顔でいつまでそこに突っ立ってんだよと言われた。ハッとして慌ててドアを開けて、「また明日!」パタンと閉まったそれに寄り掛かる。それから少し考えて、もしかして不動くんは最後の最後まで見送ってくれたんじゃないかとか都合のいい解釈が思いついて一人でにやけていた。





朝、早速挨拶しに不動くんの席へ行くとすでに佐久間くんもいて二人におはようと言うと二人が揃えて返してくれて面白かった。どうやらさっきまで二人で昨日のことについて話していたらしい。


、よかったな」
「うん!」
「よかったな不動」
「あ?」
「おまえここんところずっとイライラしてたもんな。あ、先週辺りから」
「そうなの?」
「おい佐久間くん、あんま舐めたこと言ってっとぶっ飛ばすぞ」
「はいはい。仲良くやれよ、折角の友達なんだし」
「…チッ」


どうしてイライラしていたのかは聞いても上手くはぐらかされてしまったが、何はともあれ、これがわたしと不動くんの素晴らしくも光り輝く交友関係の始まりだったのである。


中学二年生 終わり
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