二年C組の席順はあらかじめ決められていたので、黒板に白いチョークで描かれた表を確認して移動した。あいうえお順の妙で鬼道くんと不動くんはそれぞれ最後列で、わたしは真ん中の列だったので荷物だけ机に置いてすぐ不動くんの席へと踵を返した。始業式では教室でホームルームがありますって言われたけど、担任の先生の姿はまだまだ見えなさそうだ。
エナメルバッグを机の脇に置きイスに座った不動くんはそれからペンケースだけを机の中に放り入れた。今日は午前中のホームルームで終わりだ。明日から早速平常日課が始まるらしいから、これから配られるであろう教科書類は綺麗にロッカーへしまっていかないと。


「前の席座っていいかな」
「いんじゃねえの?」
「日高…くん?さん?知ってる人?」
「部活の奴」


サッカー部の人かあ。不動くんの許可も降りたことだし今だけ席を借りよう。少しもたつきながらイスを引き腰を下ろす。不動くんの両脇は男の子と女の子がそれぞれ座っていて、それぞれの友達としゃべっていた。二人は不動くんの知り合いじゃあなさそうだ。


「不動くん知り合い多いね」
「サッカー部の分だけだろ」
「そうだけど…」


視線を落としたタイミングで机の上に置いてあった携帯が振動した。画面がパッと点き、メッセージが届いたことを知らせる。プライバシー、と咄嗟に目を逸らす。不動くんは特に隠そうともせず、おもむろに手を伸ばしてそれを取った。親指で操作している間彼の表情は無味乾燥というのが適してるような、まるで味のしない料理を義務的に食べてるかのような顔だった。サッカー部の業務連絡かな?と思って見ていたけれど、そのあと画面を伏せて置かれた携帯が数十秒後再度震えたのを見て、なんとなく、人とのやりとりなんじゃないかと思わせた。このあと結局、不動くんが携帯を確認することはなかったけれど。


ちゃんだー!」


ハツラツとした声に入り口へ顔を向けると、去年も同じクラスだった美佐ちゃんが手を振って歩いて来ていた。座席表を見たときもしかしてとは思っていたけれど、ほんとに美佐ちゃんだったんだ。よくある苗字なので違う人かなと思ってた。白のエナメルバッグを肩にかけたままわたしのそばに来た美佐ちゃん、と一緒に、見覚えのある女の子もやってきた。


「あれ、さっきの」
「あ……」


不動くんに声かけてた子だ。美佐ちゃんと並ぶと、なるほど陸上部の子だというのが聞かなくてもわかった。愛想笑いを浮かべて顎を引く。不動くんのことはなぜか見れず、どんな顔してるか想像することしかできなかった。


「みさの友達だったんだ。よろしくー」
「去年同じクラスだったんだー。ちゃん、この子すーちゃんね」
「よろしく…」
「さっきも不動たちと一緒にいたよね?」
「あっ、同じ中学で…」


ね、とようやく顔を向けて不動くんに同意を求めると、頬杖をついていた彼は上目遣いに彼女たちを見上げてすぐ、そうそうと杜撰な返事をして目を伏せた。わたしたちの会話に入る気はなさそうだ。そのことにやけにホッとした。


「そうなんだ」
「あ、すーちゃん黒板に席書いてあるよ見に行こ」
「うん」


美佐ちゃんの声で二人は黒板へ向かった。美佐ちゃんの席、わたしの隣だよって教えてもよかったけれど、どのみちすーちゃんさんの席を確認しなきゃいけないだろうから言っても言わなくても一緒だろう。なんて、もっともな理由をつけてでも不動くんと二人の時間が欲しかった。曲がっていた背筋を伸ばして不動くんに向く。


「ねえ不動くん、今日部活あるの?」
「あるねえ。つか定休日以外は普通にあるって言ってんだろ」
「そっかあ…じゃあ定休日は一緒に帰ろうね!」
「用なかったらな」


頬杖をついたまま不敵に笑う不動くんに、用があったら待つよ!と返すと帰れよと突っ込まれてしまった。ちょっと面白くてうふふと笑ってしまう。


「不動くん知り合いいっぱいできてもずっとわたしと一緒に帰ってねえ」
「そんなの、鬼道くんくらい人気者になるまで心配いらないですよって」


小馬鹿にしたようにちょい、と人差し指で指した先には男の子三人と話している鬼道くんの姿があった。まさにクラスで一、二を争う求心力じゃないだろうか。あの人たち全員サッカー部なのだろうか。確かに、あんなに人がいたら鬼道くんのこと独占したくてもできない。もしあれがわたしと不動くんだったらすごく嫌だなあ。


「不動くんにはわたししか集まらなくてよかった…」
「人のこと言えねーだろ」


呆れたようにハッと息を吐く不動くん。それもそうだ。
あ、でも美佐ちゃん来てくれたし。そう思って彼女の席を振り返る。と、美佐ちゃんの前の席に座るすーちゃんさんと目が合った。

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