こんな日に寝坊するなんてびっくりだ。止むを得ず一日の始まりに欠かせない朝ごはんをお味噌汁だけで済ませ、物足りないまま家を出た。二週間ぶりに着る制服や足を通したローファーには十秒で慣れた。懐かしむ余裕がなかったともいう。
二年生始めの日、今日はクラス替えの発表日でもある。一年生の終業式のあと、四月の始業式前に昇降口に新しいクラスが張り出されるって業務連絡を担任の先生から聞いていた。直前だと混むしゆっくり見る時間はないから、早めに行くのが吉だってことも教えてもらった。わたし自身クラス替えはどきどきわくわくだったので、昨日なんて今日の支度をきっちり完璧にしてから布団に入ったほどだ。でもどきどきわくわくしすぎて、寝付けなかった。

今年も家から高校までは徒歩通学だ。桜は先週の暴風雨で全部散ってしまった。ちょっと肌寒い陽気だから、ブレザーがあるのはちょうどよかった。走りたくないので気持ち早足で通い慣れた通学路を進んで行く。


「……」


楽しみだなあ。寝て一度リセットされたどきどきとわくわくがぶり返してくる。なにせクラス替えだ。今年一年の命運が今日にかかっていると言っても過言ではない。知らず知らずのうちに拳をぎゅっと握っていた。

不動くん。不動くんと一緒のクラスがいい。去年もずっと思ってた。何よりのお願いだった。「不動くんと一緒のクラスになりたい人ランキング」をつけてくれたら、わたしは堂々の一位になれるに違いない。誰かつけてくれないかな、それでわたしの強い気持ちを汲んで優先的に一緒にしてくれたらいいのに。それとも公平に、全員に一番一緒になりたい人のアンケートをとって、その人と絶対一緒になれるよう調整してほしい。なんならわたしが責任もってクラス編成考えるからやらせてほしい。わたしは三月くらいからずっと、二年で不動くんと一緒のクラスになれるという確約がほしくてたまらなかった。もちろん、そんなものを得ることはできなかったけれど。

もし不動くんと同じクラスになれたらしたいことがたくさんある。朝不動くんが朝練を終えて教室に来たら一番におはようって言う。そのまま不動くんが席に着くのを隣で眺めながら、今日の時間割を唱えるのだ。宿題やってきた?って話もしたい。不動くんは見た目に似合わず頭がいいから授業はとても頼りになるだろう。そしてお昼休みも一緒に食べて、他愛もない話をするのだ。午後の眠気と戦いながら黒板を板書したり、隣で要領よく仮眠をとる不動くんのテクを真似したりする。放課後は部活に行く不動くんと一緒に教室を出て、部室の前でさよならをする。不動くんに部活頑張ってねって言って、おーって軽い返事をして背を向ける彼を見送りたい。そんな毎日を過ごしたい。

想像するだけでにやけてしまう。中学でも経験したことのない日常は頭の中だけで幸せだった。何に基づいているのかというと、実は源田くんから聞いた不動くんエピソードがほとんどなのだ。源田くんは去年不動くんと席が近くになることが多く、お昼ご飯を一緒に食べたり(これは席の距離に関係なく毎日だったらしいけど)、一見起きているような姿勢で寝る不動くんに内心関心したり、一緒に部活へ赴いたり(これも毎日のことだった)していたんだそうだ。それを聞いたわたしが大層羨ましがったのは想像に難くないであろう。いいなあと大きな声で言うわたしの横で不動くんが苦い顔をしていたのを覚えている。

そんな夢のような毎日を実現するべく、不動くんと同じクラスになりたいわたしは今日という日を待ち望んでいた。二十分程度歩いて着いた校門をくぐると昇降口前に人だかりが見えた。クラス発表されてるんだ。さすがに堪えきれず駆け足でそこへ向かう。緊張で心臓が浮く感覚。これは、あれだ、受験の合格発表を見に行くときとおんなじ感じだ。あのときより気は重くない。どきどきとわくわくは最高潮に達していた。


?」


はたと足を止める。胸を高鳴らせたまま凝視する。人混みから出てきた男の子の集団と目が合ったのだ。もちろん知らない人なんかではなく、不動くんを始めとしたサッカー部のいつものメンバーだった。わたしを呼んだ佐久間くんは相変わらず大きな目を丸くしていて、「おはよー!」と反射的に挨拶するとおおと短く返しながらこちらに歩み寄ってきた。隣を歩いていた源田くんと、後ろの鬼道くんと、さらに後ろにいる不動くんを視界に捉えながら駆け寄る。


「今来たのか?」
「うん、」
「もう始業式始まるぞ」


受験勉強中何かと協力することが多かった佐久間くんとはこの一年でさらに仲良くなったと思う。いかんせん心の距離に進展が見られない気がするのは、まあ仕方ないことだろう。少なくとも彼はいろいろとわたしに気を遣ってくれるのでありがたい存在だった。
そんな佐久間くんとやりとりを交わしてから、そろーっと目を逸らす。源田くんの斜め後ろで立ち止まっていた不動くんと目が合った。


「もうクラス見た…?」
「見た」
「不動くん何組?!」
「C」


大したことでもないように即答される。しー…Cかあ…。かくいうわたしも、不動くんのクラスだけ知ってもどうしようもないのが現実だった。彼の背後に見える人だかりに目をやる。一番手前のパネルの上部にAのアルファベットが見えた。わたしもC組がいいなあ。見てこなきゃ。


「…待ってて、わたし見てくるから!」
「おまえの名前一番向こうにあったぜ」


え。
ドッと心臓が浮く。不動くんはちょっと面白そうにニヤッと笑って親指で背後を指していた。一番向こう。その意味を察してしまい足が凍りついた。

違うクラス。


「………」
「不動、いじめるなよ」
「…こいつの反応がおかしいんだろ。面倒臭がれよ」
「え…」


頭が真っ白になったわたしを見て不動くんはシラけた顔をした、と思う。それから佐久間くんの諌める声。はあーっと大げさな溜め息ののち、わたしと再度目を合わせた不動くんは、呆れたような面白くないような変な顔をしていた。


「おまえもCだよよかったな」
「!! ほんとっ?!」


今日一番大きな声が出た。不動くんはあからさまにゲッと顔をしかめて身を引いた。そんなことは頓着せずその場でピョンピョン跳ねるわたし。「やった!やった!」両手で拳を作り興奮を力に込める。不動くんと一緒のクラス!嬉しい、死ぬほど嬉しい!今なら何でもできそうだ!不動くんが嫌そうな顔でわたしを睨んでるのも気にならない。ああやっぱり、強く願うと神様は叶えてくれるんだねえ、それかほんとに不動くんと一緒のクラスになりたい人ランキングを考慮してくれたのかも。何はともあれ本当にありがたい。


「どうでもいいだろうが、、俺と源田はD組だぞ」
、俺もC組だ。よろしくな」


足を地面にピタリとつけ、彼らに振り向く。「おー、よろしくねえ」なんと、みんなクラスが近いらしい。すごい偶然だ。二年生、楽しくなる気がしてならないよ。ニッと口角を上げると三人も笑顔を浮かべてくれた。


その足で始業式に出るため体育館へ向かうわたしたち。時間もないのでクラス発表は見ずに行くことにしたのだ。源田くんは「見なくていいのか?」と気遣ってくれたけど、一番に知りたかったことは知れたのですぐ諦めがついた。ほんとのところは一年のとき仲良しだった友達がどこになったのか気にはなるのだけど、まあ後々知れるだろう。とにかく気分は有頂天でご機嫌なので、大体のことは何でもオッケーだった。


「不動くんよろしくね〜」
「はいはい」
「そうだわたし不動くんと同じクラスになれたらやりたいことがあるんだよ!」
「へえーなに?」
「まずね、一番におはようって言う!それで不動くんが席に着くのを横で見てて、時間割教えてあげるの!宿題やった?って話して、わからないとこあったら教えてもらう!」
「朝っぱら重えよ」


にこにこと笑顔で不動くんの隣を歩く。生徒の流れに従いながら、そこそこ歩くのが速いわたしたちは何人かを抜かしていく。あーすごいな、このまま体育館で始業式やったあと、教室まで一緒に行けるんだ。同じクラスってすごい!


「あ、不動」


反射的に視線を動かす。抜かす過程で並んだ女の子が声をかけたのだ。不動くん越しに、ショートカットの快活そうな女の子が見えた。


「不動もCでしょ。今年もよろしくー」


ひらひらと手を振る彼女に、不動くんが目を向けた。(あ、)わたしは思わず伸びそうになった手を、すぐ握り込んで止めた。不動くんの顔をこっちに向けようとしたのだ。


「おー」


そんな簡素な返事でも、嫌だと思ってしまった。

「源田何組?」「Dだよ」「隣かー」呆然と足を動かすだけのわたしを余所に女の子は源田くんとも何回か会話したあと、前方に見つけたらしい友達を追ってじゃあねと駆けていった。それを頭で理解することができず、わたしは斜め下に視線をやりながら、いつまでも表情を動かさずにいた。


「…なんだよ」


不動くんの訝しげな声に佐久間くんたちも振り返ったらしい。四人の視線を受けてさすがに我に返り、顔を上げた。ふるふるとかぶりを振る。


「ちょっとボーッとしてた」


適当に笑えば彼らは不思議そうにしながらも進行方向に向き直ってくれた。隣の不動くんだけは、呆れたように溜め息をついたらしかった。そういえば不動くんしか知らなかったっけ。わたしが不動くんを独占したくてたまらないってこと。その気持ちは時間をかけてどんどん膨れ上がって、いよいよ破裂しそうだった。


「不動くん、」
「ん」
「破裂していいかなあ」
「はあ?」


不動くんと一緒にいたくて独占したくてたまらない。隣を歩くとすぐ触れ合えそうな手を握りたい。不動くんに触ってほしい。まずいなあ、同じクラスになれたの嬉しすぎて、一緒にいれなかった分がリバウンドしたみたいだ。

摩訶不思議な衝動で頭がおかしくなりそう。

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