周りの高校よりも随分と早い時期にある帝国南の文化祭は毎年六月の下旬に予定されているらしい。夏を間近に控えた五月、ついこの間入学したばかりの一年生はよそよそしい雰囲気を滲ませつつ、親睦を深めながら着々と催し物の準備を進めていた。結局どこの部活にも入らず、かといって腰が重くてまだアルバイト探しもしていないわたしはクラス内有数の暇人だったため、何かのリーダーにこそならなかったものの活動には積極的に参加していた。文化祭の一ヶ月前から解禁された土日の準備期間にも毎回出向き、ダンボールを集めて回ったり壁装飾の製作をした。決して器用な方ではなかったけれど、女子だからという理由で任された装飾品は他の友達と協力して作り上げ、その過程で新しく仲良くなれた子もいた。
そんな今日も土曜出勤である。よく晴れた青空で、わたしは軽い足取りで学校へと向かっていた。歩くのはすきだ。不動くんは部活の関係で自転車通学しているけれど、わりかし近い距離にあるここへは徒歩でも全然困っていなかった。


「…あ」


ふとグラウンドに目を向けてみると、サッカー部が集まっていた。練習試合でも始まるのだろうか、二つの違うユニフォームを来た部員の人たちがそれぞれベンチに集まり雑談を交わしているようだった。その様子を見て、わたしは昇降口に向かっていた足を方向転換し、そちらに行ってみることにした。不動くんがいるかもしれないと思ったのだ。

不動くんとはクラスが離れてしまい、教室の移動中に偶然鉢合わせることはあれど中学の頃と比べると共にする時間はがくんと減っていた。昼休みに遊びに行こうとは思ってもできたばかりの友達との交流も大事にしなくちゃと思い、しかも知り合いのほとんどいないクラスに顔を出す勇気はなかなか出なかった。廊下で見かけたときは100パーセント声を掛けているけれどそれくらいで、寂しい気持ちは日に日に積もっていっていたのだ。そこにやってきた文化祭の準備期間である。わたしも忙しくなって、そうしたら寂しい気持ちが薄れるんじゃないかと思い没頭したのだ。けれど結果、不動くんとは余計会えなくなり寂しさは増すばかりだった。

だから、会えるんじゃないかと思った。不動くんたちは中学時代のこともあって高校でも早速活躍しているみたいで、そういう話はメールや佐久間くんから聞いていた。けれどやっぱり何事も顔を合わせて話すのがいい。わくわくしながらグラウンドに近づいて行った。
あ、見つけた。ラッキーなことに帝南は校舎に近い方のベンチらしく、そこにいた彼を簡単に見つけることができた。伸ばし途中の彼のモヒカンが目立ったというのもあるだろう。パタパタと駆け寄り様子をうかがってみる。源田くんも近くにいて、何か二人で話しているようだった。少し離れたところに佐久間くんと鬼道くんも見える。どうしよう、声掛けていいのかな。わたしが一人でそわそわしていると、丁度こちら側を向いていた源田くんが先に気付き、爽やかな笑顔で手を振ってくれた。すると不動くんも首を向け、わたしに気付くと少し驚いたように目を見開いていた。手を振り返すとあからさまに顔をしかめたけれど、源田くんに背中を押されて嫌々こちらに歩いてきてくれた。さすがに部外者がグラウンドに立ち入るわけにはいかず困っていたので源田くんの配慮はありがたかった。
不動くんは近くまで来ると頭を掻きながら、「何だよ」とぶっきらぼうに言った。彼のそっけない態度はいつも通りだ。それとは関係なく、わたしはきょとんとしてしまう。何だよ、と、言われましても?


「サッカー部いたから、不動くんいるかなと思って」
「はあ?用ねえのかよ」
「ないよ。しいて言うなら不動くんと話したかった!」
「あっそう…」


久しぶりだもんねと言うとそーいやそうだなと返す不動くんはわたしと違って寂しかったとは思っていない様子だった。そもそも不動くんが今までで、わたしがいなくて寂しいなんて思ったことは一度もないだろう。そりゃー寂しいと思ってくれてたら嬉しいとは思うけれど、でもそんなことはわたしにとって大した問題ではないのだ。だってわたしと不動くんは親友で、親友というのは一番の友達という意味で、親友になった日に聞いてみたけれど不動くんはわたし以外に親友はいないらしいから、だから、全然大丈夫なのだ。今だってこうして、わたしが不動くんに会いたいときに不動くんは会ってくれる。それだけでわたしは結構充分だった。


「あ、今日何時ごろ終わるの?」
「五時ぐらいじゃね」
「わたしの方が早いね。じゃあ待ってるから一緒に帰ろ!」
「はいはい」
「やったあ!」


思わず大きく喜ぶと不動くんが小馬鹿にするみたいに溜め息をついたけれど気にならなかった。一緒に帰るのは高校に入って始めてだ。中学のときよりも長い道のりだから、話せる時間も長い。やった、今からわくわくしちゃうなあ。と、一人盛り上がってからハッとする。不動くん時間は大丈夫なのだろうか。試合がもう始まるかもしれない。改めて不動くんと目を合わせ、口を開いた。


「不動くん、もう始まるよ?」


それを言ったのはわたしではなかった。反射的に声のした方を見る。するとそこには、見たことのない、ジャージ姿の女の子が立っていた。


「あ?…おー」


不動くんはそう返すと「じゃーな」と短い挨拶をして踵を返した。背中を向けた不動くん越しにボトルの入ったカゴを持ったその子と目が合う。まんまるの目を瞬かせ、それから小さく会釈したのでわたしも同じようにして返した。

二人がグラウンドに戻っていく様子を、ぼんやりと見つめていた。あの子は、マネージャーの子だろう、か。四月に勧誘されたときは誰もいないって聞いてたけど、入ったんだろう。不動くんの態度からして同い年みたいだったし。そうか、マネージャー、不動くんと同じ部活に、女の子いるんだ。他クラスだから顔も名前もわからない。そもそもマネージャーが何人いるのかも知らない。

心臓がいやに鳴っている。わたしは不動くんとクラスが違くて、放課後の過ごし方も違くて、共有する時間は驚くほど少ないのに、わたしの知らない不動くんを知る人はたくさんいるのだ。それに不動くんは中学ほど周りから怖がられてる様子はないし、あのマネージャーの子も普通に不動くんに話し掛けていた。クラスの子も、あんな風に不動くんに話し掛けるんだろう。それで不動くんもちゃんと応対をするのだ。最初の頃の、わたしのときみたいな冷たい切り返しなんてしないで、普通にしゃべるんだ。

……不動くんと、仲のいい子ができる。無意識に俯いていた。唇を噛み締める。


(…どうしよう)


なんでかすごくもやもやする。こんなの初めてだ。

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