入学式から三日後の今日から平常日課が始まり、高校始めての昼休みを特に何事もなく過ごしていた。同じクラスになった源田とくじ引きの末席を前後にした俺は椅子に対し横向きに座り昼食をとっていた。自分の机に肘を付きながら購買で買ったパンを咀嚼する。高校に入り給食というものがなくなったため毎日弁当を作ると腕まくりしていた母親は平常日課の開始を一日勘違いしていたらしく、朝申し訳なさそうに笑って謝った。べつにいいと返せば明日からは絶対、と意気込んでいたのを思い出しながら、口の中のものを飲み込んだ。
実に平和な昼休みだ。後ろの席の源田は無闇にペチャクチャ話すタイプじゃないところがいい。あのメンツの中で源田だけと同じクラスになれたのはラッキーだった。壁に寄り掛かりながらしみじみ思っていると、「お、いたいた」後ろの出入り口から顔を覗かせた人物がこちらを向いた。平和な昼休みが終わりを告げたことを何となく察して顔をしかめる。他クラスのくせに遠慮なしに入ってくるそいつに気が付いた源田が振り返ると、その部外者は、よう、と片手を挙げた。


「佐久間、どうした」
「ああ、このクラスどうだった?」
「何が」
「先輩に言われてたろ、マネージャーの勧誘しとけって」
「…ああ」


源田の隣の席に座った佐久間に言われて思い出した。春休みにサッカー部の練習に参加していたとはいえ新入生の本入部はまだ先なので、見学として一昨日から他の一年と混ざって練習を見たり少し参加したり部の説明を聞いたりしていた。その、二年生から説明を受けた際、クラスにマネージャー志望の生徒がいたら捕まえとけとか、いなくても勧誘しとけとか言われていたのだ。なんでも一つの代にマネージャー二人は必須で、同時に部の死活問題らしい。多すぎても困るがいないのはもっと困るのだと。だからマネージャーの勧誘は力を入れろとのこと。同い年に言われた方が入りやすいとか何とか、他にも言われた気がするが適当に聞き流していた。


「まあ選手は勧誘しなくても入るだろうな、強豪校だし」
「な。で、このクラスも自己紹介終わったろ?マネ志望の奴いた?」
「サッカー部はいなかったよ。バレーとバスケはいた気がするが」
「…おまえよく聞いてたな」


上級生の説明を聞き流していたようにクラスメイトの自己紹介も聞き流していた俺は源田の生真面目さに若干引いた。そもそも源田しか当てにしていなかったのだろう、佐久間は呆れたような視線を俺にくれたあとすぐに向き直り頬杖をついた。


「だよな。俺のクラスはまずマネ志望がいなかった。吹奏楽部ばっかだった」
「うちもそんな感じだよ」
「鬼道のとこもいないって言ってた。興味ありそうだったら声掛けてみるってよ」


鬼道のクラスはサッカー部志望の男子生徒が特に多かったらしく、昨日の見学ですでに何人かのクラスメイトと親しくなっていた。それでもさすがにマネージャーにまでは恵まれなかったかと自分のクラスを棚に上げ最後の一口であったカレーパンを咀嚼していると、「で」と佐久間がいきなりこちらに振り向いた。ごくんと飲み込む。


勧誘しに行くぞ」
「…はあ?」
「そういえば部活まだ決めてないんだったな」
「ああ。でも不動に言われたら頷きそうじゃないか?」
「おい」


急展開に乗り損ねそうになる。どうしてそういう話になんだよ。「おまえもがマネージャーだったら嬉しいだろ?」前から思っていたがこいつの茶々入れの仕方は心底うぜえ。あからさますぎんだよ。
春休みに送られてきた書類でとクラスが違うことはわかっていた。それを知って奴が相当落ち込んでいたのを覚えている。入学式の日に佐久間と同じクラスだと判明したときには幾分かほっとしたように笑顔を浮かべていたが、あれ以来とは顔を合わせていないのでどんな様子かは知らない、わけでもなく、部活で会うたび佐久間が事細かに話してくる上、本人とメールのやりとりを何度か交わしているため会ってもいないのに大体把握できてしまっているのが現状だった。それによれば確かにはまだ部活動を決めてなく、昨日は友人に付いて行き吹奏楽部を見学したもののピンとこなかったらしい。本当にマネージャーが欲しいのか純粋ににマネージャーをやってほしいのか単なる俺に対する茶々入れなのか定かではないが、中学での俺へのベッタリっぷりから狙い目とでも思ったらしい佐久間は勝算があるかのように言う。が、残念ながらあいつは俺の言うことを何でも聞くわけではない。そう言ってやれば佐久間は意外だとでもいうように目を瞬かせ、そうか?と呟いた。そのあと顔をしかめてしばらく思考していたと思ったら、ゆっくりと苦笑いを零した。


「そうだとしても、会いに行ってやれよ。寂しそうだぞ」
「…吹部の友達ができて楽しそうだっつってたのおまえだろ」
「まあそうだが」
「いいじゃないか、行こう不動。きっとも会いたがってると思うぞ」
「はあ?」


源田の謎の気遣いとそれに援護を受けた佐久間によって半ば強引にB組へ行くことになった俺は溜め息を禁じ得なかった。俺は断じてそんなことは思っていないが、おそらくの方は源田の言う通りなのだろう。午前日課の昨日までですら登下校の時間は合わず、二つ離れたクラスでは会うこともなかった。佐久間のように違うクラスにズカズカと入って来れる図太さはあいつにはないらしいので、おのずと接触の回数はゼロとなっていた。けどまあそのうち移動教室とかで嫌でも顔を合わせる機会はあるだろう、とのん気に構えていたのに何故こうなるのか。前を歩く二人にうんざりしながらスラックスのポケットに手を入れた。

B組とC組の間にある中央階段とトイレを素通りし目的の教室に辿り着く。自分のクラスである佐久間が堂々と入って行くのと同じように俺と源田も入ると、何人かが部外者の俺らを遠巻きにうかがっているのがわかった。まだクラス編成があってから三日しか経っていなくとも、クラスメイトとそれ以外の区別は案外つくものだ。そういえば帝国学園からここに来たのは四人だけだったらしく、見知った顔は部活繋がりで知っていた他中の生徒だけだったが、そいつらも遠くのクラスになったため部活以外で関わることはなさそうだった。
の姿はすぐに目に入った。五人ほどの女子グループに混ざり談笑を交わしている様子は中学と同じだ。「」佐久間の声にやっとこちらに気付いたそいつは俺らを認識するや否やパッと目を輝かせ、「不動くん!源田くん!」すぐに周りの友人に断りを入れてこちらに駆け寄ってきた。


「なんだか久しぶりだね!どうしたの?」
「不動がに会いたいって…ってえ!」
「んなこと言ってねえだろ」


ふざけたことを抜かす佐久間の頭をスパンと叩いてやると、は佐久間と俺の顔を交互に見たあと苦笑いを浮かべた。後頭部を押さえながら、まあそれはいいとして、と話を横に置いた佐久間は早速本題に取り掛かった。


さ、サッカー部のマネージャーやる気はないか?」
「え」
「不動もおまえにやってほしいって言ってるぞ」
「おい」
「ここは乗っとけよ」


ギロリと睨みつけられ、まったく怖くはなかったが仕方なく黙ってやることにした。そもそも何をそんな必死になってんだこいつは。三つのクラスでは不漁だったとしてもクラスはあと五つある。どこかしら収穫はあるだろう。内側の俺が言うのも何だが、サッカー部のマネージャーなんて人気役職だろ。なんやかんや上の代もきっちり二、三人マネージャーがいるところを見るとそこまで頑張る必要はないと思える。
それにに声を掛けるのはやはり間違いでしかない。これほどマネージャーに不向きな奴を勧誘したところで結果は見えている。申し訳なさそうに眉尻を下げたが言葉を発する前に、ほらなと思う。


「やんないなあ」
「…あれ、そうか?不動いるぞ?」
「やんないよー迷惑掛けたくないし」
「うーん…だってよ不動」
「そうだな。迷惑だ」
「それにわたしバイトしたいんだ」
「へー」
「そうなのか、何のバイト?」


迷惑掛ける自覚をしているだけマシだろう。源田がバイトの職種について話を掘り下げているのをぼんやり聞きながら、そこで俺は自分の心臓が、静かでこそあれ不快な脈を打っていることに気が付いた。……。思わず溜め息をついてしまう。不向きとわかって、断るのもわかっていても、どこかでほんの少し、小指の爪ほどでもそうなる可能性を考えていた自分が嫌になる。と、無意識に目線を下げていた俺の視界に水色のロン毛が割り込んできた。


「残念だったなあ不動」


だからてめえは黙ってろ。

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