二年のとき佐久間くんの目が一番大きくなったのを目撃した記憶があるけれど、あれより今この瞬間の方が大きいんじゃないかと思った。合格発表の掲示板が同じ中学生によって阻まれる中、なんとか見ようともがくもやっぱり何も見えないわたしよりやや背の高い佐久間くんは突然ピタリと動きを止めた。その綺麗な横顔を見上げたとき、そう思ったのだ。
きっと右側にいたら見えなかっただろう、その見開かれた目の意味は落胆なのか歓喜なのか判別がつかず、わたしもそこから動けなかった。「佐久間くん、」どうだったの。やっとの思いで振り絞った声も、これが運命の分かれ道だと思うから最後まで言葉にできなかった。


「あったぞ…」
「え、」
「俺と、どっちもあったぞ!」
「! やったあ!!」


わっと飛び跳ねて佐久間くんの手を掴んだ。さすがに彼も一緒にとはいかなかったけれど心底嬉しそうな表情はきっとわたしと同じだっただろう。努力が実るって、こんなに嬉しいことなんだ。泣けと言われたら泣けるくらいに感極まっているわたしの背中をポンポンと叩き「やったな」と笑う佐久間くんも今なら泣くんじゃないかと思わせた。しかしここで泣いて目を赤くするわけにはいかないので大きく頷いて答えるだけして二人で入学の書類を取りに人だかりを離れた。


「不動くんたち待ってるかな」
「そりゃあな」


実は帝国南高校近くのファミレスで不動くんと源田くんが待っているのだ。落ちても受かっても受験終了の打ち上げをしようというものだ。書類の入った封筒を事務窓口で受け取り、やや早歩きでそこへ向かう。合格の喜びと、もう勉強しなくていいという解放感に包まれているわたしは今とても幸せである。
目的地に着きウエイターさんに先に二人が来ていることを伝え案内された場所は店内の隅の六人席だった。窓際に向かい合って座っている二人の内、入り口を向いていた源田くんが先にわたしたちに気付き手を振ってくれた。それによって不動くんも気付いたようだ。わたしは佐久間くんと目を合わせ、せーのと小声で呟き、


「合格した!」


ガラガラのお店中に響いてしまったんじゃないかというくらい大きな声で報告したのだった。それに対しておおっと喜んでくれたのは源田くんで、不動くんは顔をしかめて声でけえよと諌めるだけしかしなかった。ごめんなさいと周りに言ったけれどお客さんは本当に数人だったしにこにこしながら言ったからあんまり意味はなさなかっただろう。とにかく座ろうと不動くん側の座席へ一歩踏み出したところで「おめでとう」と声がした。源田くんかと思ったけれど聞き慣れない声だ。そこまで考えて振り返った。


「鬼道?!」
「ああ。久しぶりだな、佐久間」
「おー来た来たサプライズゲスト」
「遅れてすまない」


そこにいたのは私服を身に纏った奇抜な出で立ちの男の子だった。髪型とゴーグルは一度見たら忘れられないくらい奇抜なのでもちろんわたしも見覚えがある。一年生のとき同じクラスだったこの人を忘れるわけがない。


「鬼道くんだ!えっ久しぶり!」
「驚かせてすまなかったな。俺も来年帝南に通うんだ」
「まーまー鬼道クン。とりあえずおまえら座ったらどう?」


不動くんの提案によってわたしたち三人は座席に座った。不動くんとわたしが並び、向かいに源田くん、佐久間くん、鬼道くんが並んでいる。なるほど六人席の理由は鬼道くんにあったのか。どうりで人数が合わないと思った。
源田くんの話に寄れば、一度目の合格発表のとき二人は入学書類を持った鬼道くんを見つけ声を掛けたんだそうだ。そのときに佐久間くんにメールで知らせてはいたらしいので、察するにあのときの佐久間くんの絶叫は鬼道くんが原因だったのだろう。それからこの打ち上げに誘い、サプライズで登場、ということだそう。佐久間くんがすごく嬉しそうなところを見るとサプライズは大成功ではないだろうか。わたしもまさか鬼道くんがいるなんて思わなかったから大層驚いた。一年の頃まともに会話したことはなかったし二年になって知らない間に転校していたことを知ったときも特に感想は抱かなかったのが本当のところだけれど、こうして改めて彼の様子を窺う限り良い人柄が滲み出ていてとても好感が持てる。不動くんの第一印象とは大違いだ。聞くと元帝国サッカー部のキャプテンで、雷門中への転入もサッカーが関係しているのだとか。にやにやしながら「懐かしいねえ」と言う不動くんは楽しそうだ。なんとか石とかなんとか中学校とか覚えにくい単語が出てきて案の定覚えられなかったけれども。そこから昔話に花が咲くのかと思いきや鬼道くんの「一年も経つと何でも話せるな」といい感じにまとめたところで丁度注文したパフェが来たため終わってしまった。なんだかぶっ飛んだ会話だった気がするなあ。難しくて想像が追いつかなかった。


「そうだ鬼道、新入生代表の式辞はもう書いたのか?」
「いや、頭の中では大体出来ているんだがまだ文章にはしていない」
「え、おまえ式辞って、じゃあ一位だったのか?!」
「みたいだな」
「えー!すっげえ!」


佐久間くんとわたしは目の前の秀才をひとしきり褒めちぎった。本人は照れることも極度の謙遜もすることなく堂々と称賛に受け答えしていたので、一年のときは知らなかったけれど、鬼道くんてものすごく大物なのかもしれない。

そのあとは帝南の話で盛り上がり、すっかり忘れていた担任の先生への報告を思い出したことによってこの場はお開きとなった。鬼道くんとはファミレスで別れ、四人で帝国へ向かった。わたしと佐久間くんが手早く報告を済ませ、帝南が進学校ということもあり祝福されて、そのあと塾にも合否を知らせるべきだと思い至り佐久間くんと源田くんと別れた。ここに制服を来てくる回数は片手で数えられてしまうくらいに卒業は迫っていて、心なしか三年生の階は閑散としていた。でもそのことを気に留めてセンチメンタルになるのはもったいない気がして、今日という日を目一杯喜ぼうと隣にいる不動くんの存在を幸福に思うことにした。彼は合格祝いに、今日は最後までわたしに付き合ってくれるのだそうだ。だからお言葉に甘えて塾にもついてきてもらっている。


「ありがとう不動くん」
「いーえ。合格おめでとうございますさん」
「うん!不動くんも合格おめでとう!」
「はいはい」


塾の報告が終わったら、お昼ご飯も一緒に食べたいなあ。夏休み前に二人で遊んだあの日をなんとなく思い出して、不動くんの存在はわたしを余すことなく幸福にするのだと思った。向こう三年は不幸の心配はない。同じ高校に通えることになって本当に嬉しいのだ。

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