九月の体育祭と十月の合唱祭が終わってしまえばわたしたちの生活は受験一色だった。夏休み前に行った修学旅行なんて記憶の彼方である。現実逃避のために回顧を試みたけれどそもそも運動音痴とノーマルな音痴を兼ね揃えたわたしが体育祭と合唱祭が楽しかった行事かと聞かれたらはいと即答はできないだろう。…ううんいやいや、楽しかった。運動神経抜群の不動くんはリレーで二人抜いたし騎馬戦では一番上に乗って三人からハチマキを奪っていた。それを応援するのは楽しかった。そこだけ。
合唱祭の方が能動的な意味では体育祭の数倍楽しめたと思うけれど毎年のように繰り広げられる男女の全面戦争には困った。女子組のわたしは友達の影に隠れてその様子を見守っていたし、男子組の不動くんは声量は置いといて女子の癇に障るような態度はぎりぎり取らずに佐久間くんと源田くんと同じように傍観に徹していた。そういえば源田くんのバスパート半端なくかっこいいって話題になったなあ。確かにぴったりはまった彼の歌声はよく聞こえた。源田くんがバスパートを支えていたと言っても過言じゃないと思う。


「おい」


突然肩を掴まれハッとすると少し先でトラックが通り過ぎた。今は帝南へ出願しに行った帰り道で、どうやらわたしは赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたようだ。歩き慣れてない道だから注意しなくちゃいけないのに、わたしは現実逃避に旅立っていたのだ。


「ボーッとしてんなよ。轢かれんぞ」
「あ、うん、ありがとう」


わたしを止めてくれたのは不動くんだった。お礼を言うとそれにはノーリアクションで後ろにいる佐久間くんに何か言っていた。出願の終わったわたしたちは学校には戻らずもう家に帰っていいことになっている。つまり、また勉強しなければいけないのだ。嫌だからまた思い出に耽ることにする。


、何か考え事か?」


こんなことを聞いてくれるのは源田くんである。位置的にわたしの後ろに立っていた彼にしみじみ優しい人だなあという感想を抱きつつ振り返った。


「体育祭と合唱祭のこと思い出してた」
「へえ」
「源田くん、歌すごい上手かったよね」
「え?そんなことなかったと思うけど」
「あ、俺源田の音程頼りにしてた」
「なんだそれ。誰かと間違えてるんじゃないのか」
「いや、おまえの声はこっちにもよく聞こえた。そんで普通にうまかった」
「佐久間と不動もうまかったじゃないか」


源田くんの声はソプラノにいたわたしにもよく聞こえた。バスの一番前に並んでいた不動くんはもちろん、テノールの同じ位置だった佐久間くんにだって、聞こえていて当然だ。三人から褒められた源田くんは困ったように頬を掻いていた。音楽祭でたくさんの女の子のハートを射止めたことをこの人は知らないのだろう。もともと安定した人気があったらしい彼の株はあれで更に跳ね上がったのだ。


「つかさ、歌練毎年のようにめんどくさかったよな、ほら指揮者とパートリーダーと男の口喧嘩」
「あれな」


青信号に変わり歩き出す。思っていることはみんな同じみたいだ。一歩間違えれば女子に怒られそうな態度だった不動くんと佐久間くんと、模範的で一時期人気を掻っ攫った源田くん。両極端くらいの三人はそれでも親しい間柄なことには間違いなかった。
それから話は体育祭のことにシフトしていった。三人の会話に耳を傾けながら、体育祭は全部が楽しかったわけじゃないけれど、あの頃は今ほど勉強しないでいいだけマシだったかもしれないなあ、と思った。

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