恋とは、すきな人に対してとびきり優しくあるものだ。その人を幸せにしたいと思うし、幸せであってほしいと思う。その人のことで頭がいっぱいになって、いろんな物事の第一の基準にしてしまう。他のことが手につかないときもあるかもしれない。存在を目にすると緊張して、顔を見るたびどきどきして、近くにいるならば平静でいられない。そういう、のっぴきならないのが恋だ。
 だから一彰はわたしのことをすきじゃない。すきだったら、責めるようなことを言わないし、嫌だと言うのを強制したりしない。二年前の模擬戦のあと、一彰はほとんど無理矢理わたしをオペレーターに転向させた。あのときの暗い絶望が、今もずっと確信させている。

 夜の二時を指す時計を一瞥し、布団に潜り込む。夏休みだからすっかり夜型になってしまった。それに、目が冴えてしまってまだ眠くない。電気を消してタオルケットを被ったはいいものの、ちっとも寝つけそうになかった。
 十六歳の誕生日に「すきだよ」と言われて、わたしは真に受ける馬鹿だから、ころっと落ちてしまいそうになったけれど、翌日の模擬戦後の彼を見たら甘い気分なんて一瞬で消え去った。直感を肯定するように、一彰はわたしのことをすきじゃない、すかれていないという前提で彼と接すれば、幼なじみ以上に思われていると感じることはなかった。
 だからといって、わたしから嫌いになったり、距離を置くことはなかった。オペレーターに転向したあと、一彰は誰よりも親身に訓練に付き合ってくれた。わたしの拙いオペレートに従って模擬戦をしてくれたし、ののさんに口利きをして勉強もさせてくれた。転向の一件で嫌われたと思い込んでいたわたしは、とても自分から話しかける勇気なんてなかったのだけれど、一彰は良くも悪くも今まで通りわたしを気にかけてくれた。正直、一彰からアクションを起こしてくれていなかったら、今わたしたちがこんな距離感で幼なじみを続けられていたか自信がない。


(だとしても違うんだ)


 被ったタオルケットを握りこむ。勘違いするな。一彰はすきなわけじゃない。あくまで幼なじみとして、あの人はずっと親切にしてくれてるだけなんだ。
 次第に心臓はどくどくと大きく脈打ち出す。今日の、個人ランク戦ブースでの出来事が鮮明に蘇る。身体中が熱くなって、しばらく我慢していたけれど、ついに布団を剥いでしまう。冷房の冷えた空気が火照った全身をなでる。
 手を繋いだ。普通じゃない繋がれ方をした。換装体だったから感触は残っていないはずなのに、今すぐにでも思い出せてしまうほど、強烈で、熱烈に、感じてしまった。一彰がわたしの手を握る。指と指の間に入って、さらに深く繋いだ。手の形を確かめるようにくにゃくにゃと揉まれて、わたし、右手から溶けてしまうんじゃないかと思った。

 それだけ、ただそれだけのことで、他のことが考えられなくなる。寝つけない理由はそれだけだった。ひたすらに一彰のことで頭がいっぱいだった。明日も約束をしたから顔を合わせる。見たらどきどきしてしまうだろう。平静でいられないかもしれない。
 ああほんとうに、犬飼の言う通りだ。




◇◇




 いつ寝ついたのかもわからないまま、気付けばカーテンの隙間から日差しが差し込んでいた。ぼんやりと覚醒しない頭で、何時間くらい眠れたんだろうと考える。携帯の画面で四時は見た。それから何度も寝ては起きてを繰り返したから、トータル換算すれば結構寝たことになるんだろうか。にしては頭が重い……。


ー!起きてるのー?」


 一階からお母さんの呼ぶ声が響く。続いて、階段を上ってくる足音。わたしの部屋は階段のすぐ右手にあるから、誰かが上がってくるのがすぐにわかるのだ。絶対怒られるなあ、と枕に仰向けに頭を埋める。

 ――待って今何時。

 ガバッと起き上がる。壁掛け時計を見上げる。同時に、ドアをノックする音。


「はい」


 一瞬、声になっているかわからなかった。けれど、ノックの主はドアノブを下げたので、聞こえたらしい。わたしは、直感したように、硬直したまま、何もできずにそれを眺めていた。

 ドアを開けたのは一彰だった。

 見るからに寝起きのわたしと、ドアノブを握ったまま立ち尽くす一彰は、きっと同じ顔をしていた。目を見開き、呆然とする。二人を見下ろすように、時計の針は九時五十三分を指していた。




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