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「おまえってよく俺んとこ来るよな」


全身がピシリと固まった。思考回路は完全に停止し呼吸すら忘れていたと思う。一瞬真っ白になった脳は、見開いた目が彼の呆気にとられた表情を捉えるとすぐさま動きだし、それから心臓を気持ち悪いくらい稼働させた。ぶわっと嫌な汗が吹き出る。血の気が引いていく感覚がする。目の前の訝しげに口を尖らせたシカマルが何を思っているかなんて、わたしにとって最悪なことだとしか考えられなくて、冷静になんて何一つ考えられなかった。
胸の前で握り締めた両手が、異常なほど震えているのだけは、よくわかった。


「ごっ…ごめん…しつこかったよね!ごめん!」
「は?」
「めんどくさいことしてごめん…!」
「はあ、なに言って、」
「ごめん!近づくの控えるから!」


そう言ってその場から逃げた。シカマルの呼び止める声から全力疾走で逃げる足は自分のものじゃないみたいに奇妙な感覚で動いていた。まるで地に着いてないようで、道を曲がったところでついに思いっきり転んだ。足がもつれ盛大に倒れ、まばらな通行人がわたしに目を向けたのがわかる。けれど色んな人に見られて恥ずかしいなんて思う余裕は今の心にはなくて、わたしはただひたすら、まったく別の気持ち悪い感情に襲われていた。道路に伏したまま動く気力が湧いてこない。

気持ちがバレたとかじゃない。あれは、遠回しに拒絶されたんじゃないか。わたしがしつこくシカマルのところに来るのを、彼はずっと快く思っていなかったんだ。気付かないでわたし、空気読んでるとか、適度な距離を保ってるとか思ってて、なんて勘違いやろうだ。

膝を立て、ゆっくりと起き上がる。全身を道路に打ち付けて痛かったけれど、反射で手が先に着いたのがせめてもの救いだろうか、顔は擦り傷などの怪我から免れたらしい。四つん這いになると地面に雨の水滴のような模様ができた。自分が泣いているのだ。

「もう帰った方がいい?」うかがうようなことは今まで聞いたことがなかった。聞かなくてよかった。しつこいなんて答え、絶対聞きたくなかった。


「…うっ…う、……」


ぺたんと座り込み嗚咽を漏らす。思えば最近付きまといすぎてたかもしれない。言われてやっと自覚する。あれだってあれだってあれだって、結局自分を優先させて、シカマルのこと考えないでしつこく話し掛けた。ばかめ、おおばかやろう。
シカマルは優しいからお咎めなしでそばにいさせてくれたのだ。それに気付かなかったわたしに、罰が当たるのなんて当たり前だ。


「ちょ…?!」


ぼやける視界のまま見上げるといのちゃんとサクラちゃんが駆け寄ってきていた。二人の名前を鼻にかかった声で呟く。ぼろっと涙が零れた。「なに、どうしたのよ、」彼女たちの登場でようやく、道路に座り込んでいる自分にみっともなさを覚えて恥ずかしくなった。わけがわからずともとにかくと差し出してくれたいのちゃんの手を取り、ぐいっと引っ張り上げられる。伸びた膝に痛みが走り、見てみると両方に赤い擦り傷が出来ていた。その痛みが受けた悲しさを助長させる。…何にもまともに考えられないよ。心配そうな眼差しを向ける二人に、わたしは顔を上げ、震える声を吐き出した。「…もう、」


「もうシカマルに近付くのやめる…」


口にすると余計目の奥が熱くなった。拭った瞬間、いのちゃんの表情は見えなかった。