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わたしは昔から一貫して、めんどくさがりのシカマルにめんどくさいと思われないように接してきたと思う。それは今もそのままで、わたしは慎重に空気を読んで彼に話し掛けに行っていたし、しつこいと思われないように引き際を見極めて去るようにしていた。最近では慣れたのもあって、彼がどこまでなら何も思わないのかわかってきたのでそこまで気を張ることはなくなったけれど、立ち話をするときなんかはどうしても考えてしまうのだ。
だってわたし、シカマルにめんどくさいと言われたらきっと、ものすごくショックを受ける。当分は立ち直れないんじゃないかと思うくらいに強烈なダメージを食らうだろう。そう言ったらいのちゃんに「あいつの口癖にいちいちショック受けてたらやってらんないわよ」とアドバイスをもらったけれど、わたしもできることならそう考えられるようになりたいと思うばかりで、未だ乗り越えることはできないでいた。

そんなことを考えながら、途中で買ったお茶を一口飲む。ごくんと嚥下して一息ついたところで、手を頭の後ろで組んで背もたれに寄り掛かるシカマルを横目でうかがう。今日は快晴で、最後の仕事を終えたシカマルと会ったわたしは彼に付いて近くにある建物の屋上に来ていた。施設として開放されているのは屋上も同様で、遊具はないけれど花壇やベンチがあり、小さいながら住民の憩いの場となっていた。今はわたしたち二人しかいなく静かだ。ぎこちなく視線を落としアルミ缶を両手で包み込む。なんだかこういうのは、緊張してしまうなあ。


「はあー…」


大きく息を吐いたのはシカマルだった。パッとそちらに向くと空を見上げている彼の表情には疲労が見え、わたしはつい苦笑いを零す。「お疲れさま」労いの言葉は本心で、彼はこの間まで中忍選抜試験の補助員として働いていたのだ。直接下忍を審査する試験官ではなかったけれど裏方としてなかなかの激務だったらしく、終わったあとも後処理に追われ今日やっと開放されたらしかった。おー、との気だるげな相槌に、そうだ、と思い出し背筋を伸ばした。


「惜しかったみたいだね、いのちゃんとチョウジ」
「ん、ああ…まーな」


二人は本戦の一歩手前まで行くもまたもや二次予選通過者が多かったため執り行われた予選で惜しくも負けてしまったらしい。その相手は本戦に出て今回中忍に昇格したらしいので、運が悪かったというべきだろうか。けれど忍者は敵を選べないのだし、そんな甘いことも言えないなあ。次こそはと拳を硬くして燃えていたいのちゃんを見て、わたしも次までには修業して強くならないとと思った。


「そういやそっちはどうだったんだ?」
「え?」
「そっちの班。二人出たんだろ?」
「あ、うん、一人はなれたよ」
「なんだっけ、チ…チエ?」
「ううんそっちじゃない、背高い方」
「あー…顔思い出せねーや」


シカマルらしい答えにまた苦笑いする。選抜試験の運営に関わっていたから誰が中忍に昇格したかは書面で知っているらしいけれど、どうやら顔と名前が一致していないようだ。そりゃあ今回昇格したのは木の葉以外の忍もいたわけだしいちいち覚えているのも大変だとは思うけど、一応同期なんだけどなあ。下忍になってからはあまり他の班と顔を合わせる機会もなくなったから仕方ないのかもしれない。思い出すのを早々に諦めたらしいシカマルは空を見上げながら大きなあくびをしたあと、なんでもなさそうに呟いた。


「俺そっちのメンツと絡んだことあんまねーからなー」
「あはは…」
「ま、おまえは別だけどな」


横目を向けて、にっと笑うシカマル。思いがけない一言にびっくりしてしまった。急速に顔に熱が集まっていくのがわかる。でも考えてみればシカマルの言うことは間違っていなくて、わたしはいつも一人でシカマルに会いに行くからそう思うのは当然だった。それにアカデミー時代からわたしの班の二人はシカマルたちとはあまり関わっていなかった気がする。それならばシカマルが覚えてなくても納得できる。昔から随分めんどくさがりだった彼はクラスのことにも興味がなさそうだったし、わたしはその中でなんとか、シカマルの印象に残ろうと、頑張っていたのだ。

特別親しいと言われた気がして喜んだ心臓が、今度は嫌な脈を打ち始める。そもそもここに来るのだってわたしから言い出してついて来たのだ。シカマルはようやく仕事から開放されて一人でのんびりしたいと思っていたかもしれない。わたしが邪魔しているかも、しれない。…ああ…帰った方がいいかなあ…。毎度のように考えることだった。いつの間にか俯いていた姿勢のまま、隣の彼を盗み見る。シカマルはさっきと変わらずぼんやりと空を見上げているだけだった。だんだんと、心臓が落ち着いていくのがわかる。

頭の中でいつも心配していることを、直接聞いたことは一度もなかった。こういうときわたしはたびたび、綱渡りをしているような感覚に陥る。しつこいと思われたくない。でもびくびくしても仕方ない。微妙なバランスを保ちながら、それでもこの人の隣は涙が出るほど心地がよかった。