シカマルに手を引かれるがまま、わたしは何も言わずに歩いていた。普段より速度が速いみたいで、わたしが早歩きみたいになっているのをシカマルは気付いているだろうか。気付いてなくたって全然構わないけど。そもそもシカマルどうしたんだろう。何かを思考しているみたいだったけど、顔も見えないんじゃいよいよわからない。
それでもわたしは一度も振り返らず、シカマルの背中だけを見てついて行く。道のりで彼の家に向かっているのはわかる、から、何も心配しないでいいのかな。持っていた本をぎゅうと抱え直す。木ノ葉図書処へはこれを返しにご飯の前に寄ろうと思っていたけれど、シカマルの家からの帰りに行けばいいや。そう思い手に力を込めると、シカマルに握られていた反対の手にも入ってしまったらしく少し握り返してしまった。それにぴくっと反応を見せた彼は道の途中で立ち止まり、わたしにゆっくりと振り返った。 「…わり、歩くの速かったな」 「あ、ううん、全然だいじょうぶ、だけど…どうかしたの?」 「……」 シカマルは口をへの字に曲げると、それからはっと溜め息を吐いた。それがどうにも自嘲気味で、わたしは違和感を覚えるばかりだ。「やっぱガラじゃねーよな」「…え?」ぼそりと何か呟いたのを聞き返すと彼は頭をがしがしと掻き、いや、と目を逸らした。 「つか、悪かったな。おまえまで断らせちまって」 「え、ううん、それも全然…シカマル何か用事あったんだよね、それなら」 「まあ…用事っつってもべつに大したことじゃねーんだけど」 「?」 「資料読むだけだよ」そう言ってシカマルは腰のホルダーから巻物二本を取り出して見せた。…十分大した用事だと思うのは、わたしが彼の仕事をよく知らないからだろうか。その資料を読み込むにはきっと自分だったら丸一日かかると思うのだ。シカマルは賢い分析家だから、そういう細かいことも任されるのだろう。 班のメンバーでの食事ももちろん楽しかったと思うけれど、シカマルが断って、しかも手を引いてくれるのならわたし、全然不満はないよ。とにかくそれがシカマルの用事なら話は早い。わたしはピンと背筋を伸ばし、声を上げた。 「それならわたしも!読む本あるよ!」 「お、おお。…んじゃ、ウチ来るか」 「うん!」 大きく頷くとようやくシカマルは張っていた緊張を緩めたようで、ふっと目を細めて笑った。それにわたしも笑みを深めると、彼は繋いでいた手を握り直し、今度はゆっくりと歩き出したのだった。 縁側に並んで座る。お家で晩ご飯の支度をしていたヨシノさんから水ようかんを頂いたので、にこにことそれを食べながら本を読み始めた。シカマルはさすが自宅と言ったところか、隣で腰掛けた状態から仰向けに倒れ、寝転がりながら巻物を広げていた。リラックスしてるなあ、それに器用だ。横目にそう思い、わたしは心地よい胸の高鳴りを感じながらページをめくっていた。 しばらくするとシカマルが起き上がった。どうやら一本目の巻物を読み終わったらしい。くるくると慣れた手つきで巻いていくのをなんとなく目で追っていると、ふいにシカマルがこちらを向いた。視線の先は手元の本だ。 「何かと思ったら、それ将棋の本か」 「うん、そうだよ」 基本的なルールと簡単な定石はシカマルが貸してくれた本で学んだけれど、それよりももっと勉強してうまくなりたいと思ったのだ。図書室で借りたこれは中級者向けの本で、いろいろなテクニックが載っていてとても面白かった。今日が返却日だから見ながら実践することはできないけれど、いくつか戦法を頭に叩き込んだので今度相手をしてほしい。そんなことを話すと、シカマルは背中を丸めて本を覗き込みながら頷いてくれた。しかしその表情はどこか神妙で、わたしは不思議に思いながら彼の言葉を待った。 「…おまえって真面目だよな。すげーと思う」 「え…、…そんなことない、よ」 まるで予想外の言葉に動揺してしまった。大げさな動きはなくともシカマルが感心しているのがわかり照れてしまう。慌てて目をうようよさせなんとか取り繕おうとするけれど、こういうときは何て言えばいいんだろう。ありがとう、は、この場合適してないのはわかる。その評価はシカマルの勘違いだから、お礼を言うのはおかしい。褒めてくれるのは手放しで嬉しいけれど、実際のところわたしは全然真面目なんかじゃないのだ。だってこれは、わたしの向上心の現れなんて素敵なものじゃなくて、シカマルに合わせたいと思う気持ちが、そうさせているだけだ。全然すごくない。わたしは下心ばかりだ。 「わたし、シカマルが思ってるような奴じゃないよ…」 「んなこと言ったら俺だって、おまえが思ってるような奴じゃねーよ。多分」 またもや予想外の切り返しに、逸らしていた顔を向けると目が合った。シカマルの言葉は軽そうに、でもそこはかとなく匂わせる真剣さがうかがえた。冗談ではない、はっきり聞こえた今の言葉はどういう意味だろう。自分も同じことを言ったのに棚に上げて思った。だってシカマルが言うなんて、思ってもみなかったのだ。そんな、と思いながら今度は少しだけ下を向く。シカマルの太ももの上で巻物が握られていた。……わたしが思ってるシカマルと、本当のシカマルの間に齟齬があるだろうか。考えて、すぐに心の中で否定をする。わたしが答えを導き出す問いではなかったけれど、ないからこそ、その答えしか出てこなかった。 だから、そんなことない。そう返そうとシカマルに再び顔を上げた。けれど、目の前のシカマルの表情があまりにも真摯だったものだから、わたしは思わず固まってしまった。 まるでスローモーションのように、情景が移り変わっていく。シカマルの顔が、近づく。 こつん、と、わたしの額に、シカマルのそれが当たった。 「わかんねえ?」 目が合ってる、だろうに、焦点が合わなくてぼやけてしまう。視界いっぱいにシカマルが見える。心臓がこれまでにないくらい脈を打っているのに気付くと、目眩がした。 |